元自衛官 荒谷 卓

緊急座談会「戦慄!何も守れない、無防備日本の現実」

激論ムックより

緊急座談会「戦慄!何も守れない、無防備日本の現実」

青山繁晴(独立総合研究所代表)
荒谷卓(陸上自衛隊特殊作戦群初代群長)
坂東忠信(元警視庁通訳捜査官)
西村幸祐(評論家・本誌編集長)

テロリストの安全地帯

西村 今の日本は安全保障から国内治安に至るまで無防備で危うい状況に直面していると思います。憲法九条、専守防衛、サイバーテロ、外国人犯罪の増加などのキーワードを挙げれば、誰しも不安を感じざるをえないでしょう。しかも、こうした問題は相互に密接な関係を持っており、従来なら警察が取り扱っていたことと自衛隊が取り扱っていたことの区別が付かなくなってきている。もはや国防と治安維持は一つのつながりを持ったテーマとして捉えるべきだと考えます。
そこで、まずは荒谷さんに伺いたいのですが、二〇〇四年に陸上自衛隊が創設した特殊作戦群の初代群長として、日本の防衛の無防備さについてどうお考えでしょうか?
荒谷 アメリカ国防総省でアジア太平洋担当の副次官を務めたリチャード・ローレスは、「自国の防衛の仕組みがちゃんと出来ていない日本に対して、国際活動でも、期待をかけるということ自体がそもそも無理なのだ」という主旨の発言をしています。制約だらけの国際貢献の前に、日本はとりあえず自国の防衛をしっかり組み立てるべきだという指摘ですが、そもそも我が国の防衛の成り立ちを国民がどの程度理解しているのかということですね。
 昭和二十八年に吉田首相の意を受けた池田勇人がロバートソン国務次官補と会談し、ここで現在の自衛隊の基礎が作られたわけです。朝鮮戦争を受けて再軍備を要求するアメリカに対し、吉田首相は経済復興が最優先課題でした。当時の保安隊十一万人に対し、これをアメリカは三十二万五千人へ増強するよう求めましたが、むげに断れば経済援助が得られない。そこで、とりあえず勢力だけは準備しておこうという判断で、翌二十九年に保安隊を改組して自衛隊を誕生させたのです。しかし、米側の要求どおりの軍備増強ができない理由として、日本はアメリカに押し付けられた憲法を逆手に取り、「憲法九条をすぐに変えることはできない」「マッカーサー支配下のGHQにより、日本人にはどんなことがあっても武器をとってはいけないという教育が浸透しているのだ」と主張していたのです。そして「日本政府は教育および広報によって日本に愛国心と自衛のための自発的精神が成長するような空気を助長することに第一の責任を持つ」と結びながら、結局何もしないまま当時の状態が未だに続いているのです。
 冷戦下での日本の防衛力は、米軍と直接かかわりのある機能以外は、基盤的防衛力構想といって、有事の際にエキスパンドしないと使えない機能的なパーツを持っているにすぎなかったのです。そして、この状況は冷戦後もそのまま放置され、さらにコンパクト化といってボリュームも下げている。つまり、軍事的な機能を国家が運用するための仕組みというのはないんです。そうすると当然ですが、自衛隊の各部隊がいくらトレーニングしようが、高性能のハードウェアを備えようが、政軍間の意思の働くシステムがないから使いようがないのです。だからこそ、再三に渡ってアメリカの高官から「日本は自国防衛に関する負担を少なくとも日米間で均等にするように努力しなさい」「自国防衛までも全部アメリカに任せている状態から早く脱却しなさい」という発言が出てくるわけです。
 例えば外務省の●●●さんとか、自衛隊は抑止戦力などと言うのですが、軍備の機能に抑止戦力と対処戦力という区別はないのです。対処能力のない軍備は抑止力にはならない。実力を備えた軍備を抑止に使うのか、実対処に使うのかを決めるのが政治の仕事でしょう。つまり、自衛隊という軍隊を運用して国防を達成する、根本の仕組みがないということは、「抑止」だと言っているその「抑止」が実際には効かないということです。自国の防衛さえ出来ていない状態のまま、現代まで続いている。この実態は少なくとも国民は承知するべきですよ。それをわきまえた上で、日米関係、在日米軍基地、自衛隊を論じなくては、いくらやっても全く無駄ですよね。
 テロ対策を国際的なネットワークシステムでやっていくというのは国際社会の仕組みになっています。ところが、日本には、各省長間でテロ関連情報を共有する恒常的ネットワークすら備わっていないんです。だから防衛省の国際会議の議題にテロ関連の警察情報を持ち込んだり、あるいはそこで得られた情報を他省庁で活用できる仕組みが日本にない。それと私は他の国のサミットやAPECで実際のテロ対策警備を見ていて思うのですが、洞爺湖サミットのほか、日本でも多くの国際会議が行われているのに、なぜなにも起きないのでしょうか。これは特殊部隊経験からの推察ですが、ある作戦をするとき、ここだけは安全だというポジショニング、いわゆるセーフティハウスを必ず確保します。そこを拠点として情報活動や準備活動を展開するわけです。その場合セーフティハウスが疑われたらいけないので、周りの環境に対して調和するように常に心遣いをします。自分らの作戦上必要だとしてもそこでは絶対にアクションはしないのです。そういうことを考えると、先進国で活動するテロリストにとって情報が収集しやすく、色々な機材や技術が手に入いり、国際政治の動向も取れる日本は格好の安全地帯として機能しているのかもしれません。
 だから日本でテロが発生しないというのは警備が万全だからというより、恐らく、彼らにとって極めて安全なエリアであるから、あえて日本でテロ活動をしてセーフティエリアを失ってしまうよりは、そのまま残しておいた方が良いという判断なのでしょう。テロが起きていないけれど一番テロリストが身近に住んで活動している国、無意識のうちに一番彼らと接触しているのが日本人ではないか、そんな感じがします。

いざというときに戦えない自衛隊

西村 無防備ゆえの安全というのでしょうか。いまの荒谷さんのお話、青山さんはどうお考えですか? 
青山 荒谷さんの仰ったように、自衛隊は総数二十四万、陸自は十五万もいて、米軍補完機能はあるかも知れないけれど、自国の防衛という本来の運用ができない現状は相変わらずです。憲法をどうにかしないと何事も進みようがないのです。僕が共同通信の防衛庁担当記者だった当時、統合幕僚会議議長は西元徹也さんでした。西元さんは比較的良いトップだったんですが、今荒谷さんが仰ったような議論をしていると、要は、自衛隊は訓練のために訓練をしてそれを抑止力とすることによって存在意義があるなどと平気で言うわけです。自衛隊は戦わない軍隊だというわけです。西元さんがおかしな人材というのではなくて、阪神淡路大震災等、オウム真理教等、それから防衛大綱の初めての見直しというものが重なった時期の自衛隊のトップだったのだが、そのときの時代の空気にフェアに合わせると、こうならざるをえないという話だったとおもうのです。
ちなみに阪神淡路大震災が起きた日の夜、陸海空のトップである幕僚長は皆家に帰ったのですよ。西元徹也さんだけが制服を着て寝ていました。僕は西元議長に「陸幕長はどうしたのですか? 現場の隊員は瓦礫の下に入ろうとしているんですよ?」と憤ったのですが、西元さんの返事は「統幕議長は調整するだけで命令指揮はできないのです」と。僕は怒って陸幕長に電話して怒鳴ったら、「いや、俺が帰らないと他が帰れないから」と言われたのです。震災の夜ですよ! これは何を物語っているかというと、「六本木に居てもしょうがない。上役が帰ることによって必要ない奴は帰れる」というサラリーマン的発想なわけですよ。このとき僕は西元さんに言ったんです。「災害出動ですらこの体たらく。訓練のための訓練では、いざというときに戦えるはずがないだろう」と。たとえイージス艦や90式戦車、F15を擁していても、戦わないことを前提にした組織づくりは人間の心を荒廃させる。だから阪神淡路大震災のときにも動けないようなメンタリティが陸幕長から出来上がるんです。
なぜこんな組織になるのかというと、憲法九条の第一項があるからです。国際紛争を解決する手段としては武力を使わないまではいいのだが、その後に「武力の威嚇もしない」と書いてある。ということは抑止力ではないじゃないですか。威嚇すらしないでどうやって抑止するのか。いかなる軍事理論をもってしても、相手を威嚇しないで抑止力を持つということはできません。しかsも「国の交戦権はこれを認めない」と、さらに駄目押しをしている。
先ほど荒谷さんのお話に外務官僚の抑止戦力#ュ言がありましたが、その抑止力が機能するような大規模戦争は冷戦が終わってから二十一年の間は起きないわけです。だから「この国は平和な国だった」と言う方がたくさんいらっしゃるのだけど、実は僕たちは敗戦後にも新しい形の戦争を体験している。百人以上の日本国民を奪い去られた拉致というテロについて、二〇〇二年九月十一日に金正日総書記は小泉総理に対して国家がやったと認めたのですから、これは国家テロ、つまり戦争です。つまり冷戦時代と今は戦争自体の形が違っているということです。

西村 非対称戦争といっても良いですね。
青山 非対称戦争の一つなのです。拉致がどうして起きたかというと、特殊部隊が習志野駐屯地でどんなに泥にまみれて蛇を食って蛙を食って訓練していても、取り返しにいこうとしないからです。同じ敗戦国のドイツ国民は一人も拉致されていないし、勿論アメリカ国民は拉致などされていない。取り返しにくるのが北朝鮮にも分かっているからです。ところが日本は取り返しに来ないと思われている。つまり抑止力が働かず、我が国の領土領海内で好き勝手に北朝鮮の特殊部隊が動いて百人以上の方々を連れて行かれたままになっているわけです。憲法九条の元、平和が続いてきた前提で全ての教育が行われていますが、日本が平和だったとは到底言えません。

「なりすまし」で日本へ入国する犯罪者予備軍

西村 坂東さんは警察在職時代、まさにその平和ではない状態を、ずっと現場でご覧になったわけですよね。その体験から荒谷さんと青山さんのお話は、どう感じましたか?
坂東 読売新聞のアンケートでは日本人の八二%が家族や子供に何らかの犯罪が及ぶ可能性があると考えており、そのうち八五%の人間が安全のためにお金を払うのもやむをえないと答えています。今まで平和というのはタダだと思われていましたが、国民の意識がかわってきたように思います。不況による生活苦や道徳教育の劣化がもたらす人心荒廃を、みな敏感に認識しているのでしょう。
しかし、そうした日本人自身の問題以上に私がリスクを感じるのは、外国人の存在です。北京語の通訳捜査官として勤務していた経験から言うと、特に中国人犯罪について大きく警鐘を鳴らしたいと思います。
かつて中国人の不法滞在者や密入国者は、コンテナやタンカーのバラストタンクに隠れて一気に八十人ぐらいが密入国した事例もあるし、とにかく密入国は激増一方でした。しかし、密入国を検挙したら二十日間拘留して通訳つけて調書を作らなくてはいけませんから、警察にとって大きな負担でした。それが平成十五年に入管法の六十五条渡し(余罪が無ければ取調べをせずに入管に送って強制送還する)が可能になり、書類作成の手間は格段に減りました。その結果、街の警官は心置きなくどんどん捕まえることができるようになったので不法滞在者は激減したのです。現に最近は密航者のニュースなんて見ないでしょう?
ところが、実は彼らは新しい方法で日本に入り込むようになっています。それが「なりすまし」です。つまり、日本に行きたいのだけれど、行く資格がないAさんがいるとします。一方、日本に行く資格はあっても行くつもりのないBさんがいます。そこで仲介業者がBさんの書類を買い取り、Aさんに売るわけです。例えば、留学で来日したいのであれば、高卒以上の学歴が最低条件です。しかし、高卒の中国人が全て日本に来たいわけではないので、欲しい人に書類を売るのです。
中国で旅券を発行するのは警察署ですが、AさんがBさんの書類を提出すると、Bさんの名前とAさんの写真が入った中国政府発行の本物のパスポートが出来上がるんです。それを使って日本に来ている中国人は非常に多いはずですが、本物のパスポートですから、街で職務質問しても警察官はそれ以上突っ込めません。なぜこういう事態は発覚したかと言うと、通訳捜査官をやっていると、不思議なことに被疑者の北京語にありえない訛りがあるのです。中国東北部の出身だと本人は言っているのに、言葉ははるか離れた福建省の訛りだったりする。これは明らかに「なりすまし」です。しかし、これを立件するためには中国にいる被疑者の両親を電話で落として戸口簿(日本における戸籍謄本)のコピーを入手しなくてはならない。しかし彼らは日本円で百三十万円近い大金を払って書類を買っていますから、なかなか口を割ることはありません。
西村 そういう中国人入国者はどれぐらいいるのでしょうか?
坂東 これは推定でも全く判らないのです。密航者が何人入ってきているのかということと同じぐらい難しい問題ですので、統計には現れないから恐いのです。書類を売った人間について日中が捜査協力すれば解決する問題ですが、一つ一つを調べるには数が多すぎて不可能です。警察では、入管法違反のように被害者を特定できない罪について、「違法だが犯罪ではない」という捉え方をしています。つまり、密入国を犯罪ではないと捉えているのです。でも密入国における被害者というのは日本の国法であり、国益なんです。法律が大切に守られているかどうかは国益に繋がってくるのですが、警察にそういう思考はないのが問題です。

年々増える中国人留学生の存在

西村 平成二十二年七月一日から中国で国家動員法という新しい法律が施行されます。簡単に言えば「中国共産党が指令をすれば、世界中の中国人が臨戦態勢に入り、民間の船舶も飛行機も全部軍が調達できる」という法律です。現に二年前の四月二十六日、長野市で北京オリンピックの聖火リレーが行われたときも似たようなことが起きています。日本中から五千人もの中国人が集まり、五星紅旗を持って我が物顔で日本人に暴行を加えたのは記憶に新しいでしょう。坂東さんのお話を聞いて、犯罪者の「なりすまし」もあるだろうけれど、今後は人民解放軍による「なりすまし」の可能性だって十分ありうるのではないかと感じました。
坂東 ロイターによると中国陸軍は兵士七十万人のリストラを計画しているそうです。二〇代前半の若者が主な対象になりますが、でもそれら人材を今度は留学生として十分に活用することは可能ですよね。日本では二〇二〇年までに三十万人の留学生を受け入れる計画が進んでおり、あの十八万人留学生を増やす計算になります。そこに中国人民解放軍上がりの若者が送り込まれてくるのは戦略として当たり前かと思います。
受け入れる側としても、外国人留学生をある程度見越しているのです。外国人留学生のうち二〇%は日本政府が援助をしている国費留学生扱いで、奨学金や飛行機代含めて年間約三百億円を支出しています。そしていちばんの問題は、留学生の七割近くが中国人ということです。日本人学生だったら返還しなければならない奨学金を、外国人には無償で提供していて、その七割は中国人なのです。しかも、国費留学生は一ヶ月に最高十八万円、平均値で十五万円の補助が支給されています。
西村 私費留学生の扱いは?
坂東 私費留学生にもしっかりと日本政府は補助を出していて、国費留学生と合わせた額が約三百億円です。今回の事業仕分けで百五十億円に減額されましたが、今の十二万人から目標の三十万人まで二・五倍とすると約三百七十五億円。そこに向かって毎年大金を支出していくわけです。
西村 根本的な問題として、いつのまにか中国大陸に便宜を図るような仕組みが色々出来ている。去年、東富士演習場で陸上自衛隊の総合火力演習を取材した際、中国人民解放軍が来ていました。各国から武官が来るのは当然かもしれませんが、不気味に思ったのは、一所懸命写真を撮る彼らのカメラが、演習場ではなく客席に向いていたことです。そこには日本の政治家もいたはずで、中国の情報収集や工作活動に対して我々は油断しすぎではないでしょうか。
そういった傾向が顕著に現れていたケースとして、北京オリンピックの聖火リレーを私は挙げたい。長野の警備では、散々騒いだ中国人は一人も検挙されず、逮捕されたのは、チベット解放を叫んだ台湾人と日本人でした。警察上層部からそういう命令が出ていたとしか思えません。立入禁止の長野駅前の巨大な岩のモニュメントの上に登って、皆五星紅旗を振っている。警官は注意して阻止するのが常識ですよね。それを自由にやらせていました。
坂東 絶対「荒れる」と思われる場所にもかかわらず、警察は機動隊ではなく、制服警察官を派遣しました。これは中国人を刺激しないようにという上層部の判断でしょう。取調べをすれば嘘ばかりつくし、「なりすまし」にも手をつけられないし、現場の警察官は、本当は中国人に頭にきているのですよ。それでもああいう風にやらざるを得ない彼らの心を思うと、私はテレビで見ていて涙が止まりませんでした。治安を守るべき警察官が、あんな治安状態を目の前に見ながら、中国人を逮捕できずに日本人を逮捕したのです。

中国人全員にスパイの可能性がある

坂東 やはり驚異を感じるのは、日本にいる外国人の組織化が進んでいることではないでしょうか。これから日本に入ってくる外国人の中で多くなるのはどう考えても韓国・朝鮮人と中国人です。民団、総連そして中国大使館による指揮系統が働いていると考えてよいと思います。よりによって反日国家が自国民を組織的に動かせる状態が日本国内にあるというのは非常に問題だと思います。特に中国大使館は、「在日中国人が三人集まったら報告をよこせ」と指導していると言われています。「どこかの工場で中国人が三人働いていたら、誰でも良いから一番に報告をよこせ」と。するとそこが●●工場支部になり、どんどんネットワークが繋がっていく。長野にあれだけの人数を動員できたのはこのネットワークのためだと思います。しかも彼らは一貫して統制のとれた組織的行動をとっていました。撤収指令が出ると、振っていた手旗をバーッと丸めてバンバンと捨て、それぞれの大型バスにサッと乗って行った。中国人があんな動きを出来るとは思わなかったと機動隊員がびっくりしていました。
西村 その話初めて聞いたのですが衝撃ですね。機動隊員が現場でびっくりしたって。だって多分学生や密入国者もいたでしょうけど、どう考えても彼らは兵隊ではないはずですから。
坂東 おそらく三人のうちの一人がリーダーになって、ちゃんと命令系統が出来ているのでしょう。
西村 組織的に動いていたという話は現場にいた人からよく聞きます。実際にあの時長野で対峙した人に聞くと、トラブルがあると反応するのはリーダーだけで、あとは話をただ聞いているだけだったそうです。
坂東 団体行動は中国人にとって本来は得意ではないのです。日本に住み着いて商売している人達がこれから日本と一緒にやっていくことはあるかもしれないけれど、それは利益が一致しているときですね。一緒に稼ごうといって一緒に稼げるときは調子良いのですが、危機にひんしてまで一緒に頑張っていこうという団結ではありません。
西村 リーダー役は本当に学生なんでしょうか? それとも兵隊なんでしょうか?
坂東 工作専門でやっている人というのはそんなにいません。例えば私がどこかの飲み屋に行って、お姉さんと仲良くなる。そうするとお姉さんに工作員が近づいてきて私の情報を取っていく。目的とする人に直接行くわけではないのです。ということは普通の中国人全員が工作員になる可能性を持っているわけです。

ポジティブリストからネガティブリストに転換せよ

西村 そうしますと、日本には軍事行動を起こすための仕組みができていない問題があった上に、民間レベルというか非軍事的レベルでの侵食なり工作なりというものがどんどん進んでいると考えると本当に絶望的になってしまう。これを憂慮し、危機感をもって対処しようとする、心ある軍事の専門家はいないのでしょうか?
荒谷 軍事は国家が動かないと、個人の思いだけでは成り立たない。冷戦後は、米国が描く秩序構築のために軍事作戦も変容してきました。日本でも橋本政権下で自衛隊の多様な役割について検討したことがあるのですが、陸上での領域警備は全く手付かずのままです。領域警備的な法整備を行い、国際テロなどの不法行為に対して軍隊の動員を可能な仕組みを持つだけでも、北朝鮮のような国家に対しては相当強いメッセージになるはずなんです。日本では国内問題は警察の担当ですが、少なくとも中国人のセンスなら、聖火リレーの警備に人民解放軍が出動してもおかしくないはずです。例えば、長野の警備には自衛官を警備に立たせたら中国人の反応は違ったでしょう。
西村 そうなればだいぶ変わるでしょうね。ただ、中々そういうメッセージを日本が国家として出せない部分があるわけで、ここは青山さんどうすれば良いでしょうか。
青山 自衛隊法を改正して領域警備を入れるのは当然のことです。信じられないことに、かつて防衛庁の警備は陸上自衛隊ではなく、警視庁の機動隊が担当していたのです。僕は衛兵の持っている木銃を触ったこともある。木の銃ですよ。九・一一以降の外圧のお蔭で今は陸自が警備していますが、今度は弾を入れていないのですよ。要するにポジティブリストとネガティブリストの問題です。国連加盟国百九十二ヶ国ある中で、主権国家の軍事力がポジティブリストすなわち「これだけはしてもいいよ」というリストで規定されているのは日本だけです。敵国はそこに載っていないことを日本にしかければ良いわけだから、こんな簡単な戦争はありません。ですからこれを、「捕虜を撃ってはいけない」などのネガティブリストに変え、国際法の禁止事項以外は全て出来るようにしない限り、結局動けないんです。そこを変えるには憲法を変えなくてはいけませんが、国民投票はおろか、憲法審査会すら動かず、憲法学者や安全保障の専門家もほとんど意識していません。議論すらしていません。
西村 仮に九条二項が無くならなかったとしてもネガティブリストを変えることはできないのでしょうか?
青山 安全保障基本法を作り、第一条第一項で「武器を持っているものは国家の権限において何でもできる。但し以下の条項は除く」という形にすればよい。これによって、おそらく自衛隊は訓練の仕方自体が変わるはずです。
荒谷 他国の特殊部隊、仮に中国人でも北朝鮮人でもいいのですが、実弾を持って日本国内で明確に日本国民の生命と安全を脅かす行為に出たとします。武器を携行した自衛官がその現場に遭遇したとき、。日本人が目の前で危険に晒されている現場に居合わせて、自分はそれを排除する能力を持っているのだから、当然国民を守るべきですが、それはポジティブリストにないのです。良心に基づきあえて実力を行使して助けたとするとどうなるか。
青山 それははっきりしていて、残念ながら軍法会議はないのだから、刑法と刑事訴訟法で裁くから、刑法の正当防衛の概念に該当しない場合は殺人罪で裁かれるわけです。
荒谷 人権を訴える人たちは生命と安全と財産の不可侵は自然的な権利だと言っています。その国民個々の権利を国家が代行するという契約の元に国が国民一人一人のの実力行使を制約しているわけです。ところが日本国は対外的にはその権利を放棄すると言い、国内的にもその権利を正当に行使しない。これは重大な契約違反です。国民の自然権を法律によって的に制約しながら、無防備と化した国民の保護措置をとらないのは、国家による意図的人権侵害と言えるのではないでしょうか

日本人自らに帰せられるべき責任

西村 海上自衛隊に海賊対策でのソマリア沖派遣が決まったときに、防衛記者クラブに詰めている記者連中の間では、「過剰防衛で最初に起訴されるのは誰か」というのが話題になったそうです。呆れた話ですが、これについていかがですか?
青山 まだ戦闘になっていませんが、それは海賊の側が海自の護衛官を怖れて近寄らないだけで、近い将来のうちに平気で攻撃してくると思います。また、朝鮮半島は今までの秩序が崩れる方向に向かっており、旧来型の戦争が突然起こることもありえるでしょう。こうして組織的に対処すべき明白な危機が発生した時、自衛隊は当然応戦するはずです。しかし、日本の国内法はこのような事態を想定しておらず、自衛隊は国防の危機に際して超法規的に動かざるを得ません。国際法の定義によればクーデターです。クーデターというと日本人は二・二六事件や五・一五事件を想起しますが、現代日本においては自衛官が国防の志を遂げようとすれば、クーデターを起こさざるを得ないという歪んだ状況にあるのです。
荒谷 日本が国家主権に基づく対外的軍事力の使用をかくも異常なまでに規制している事実を聞かせると、大抵の外国人は驚きます。その一方、国内での軍事力の使用である災害派遣となると、都道府県知事の要請を待つだけでなく、駐屯地司令の独自判断でも出動可能です。国家の意思決定無しで、これほど軽易に出動を許されている例はありません。
青山 軍事や兵士は「悪」で、災害派遣ならば「善」と考える感覚は一九四五年以降にアメリカから刷り込まれたものに端を発すると思います。しかし、そんな経緯はアメリカにとっては遠い昔の話です。ローレスがペンタゴンにいたとき、彼の部屋に「元寇」の絵が飾ってありました。当時世界最強のモンゴル軍を打ち破った日本を引き合いに出して、現在日本の体たらくを批判するわけです。これに対して僕は、「君たちアメリカがそれを植えつけたんじゃないか」と反論するのですが、彼は必ず笑って、「それは六十年前の話だし、一九五二年に独立しただろう」と言うのです。確かに日本が中国に負けて占領されていたら、いまの独立は無かったはずです。つまり一九五二年四月二十八日に主権回復した以上、その後憲法を変えなかったのは日本人の責任だとアメリカは考えているんです。

サイバーテロに無力な日本

西村 今日は色々な問題出てきましたが、最後に情報の話をしたいと思います。青山さんは、かつて何者かによってパソコンのデータが全部消えてしまったことがあったそうですね。
青山 特定のファイルが完成に近づくと必ず壊れる現象が二回続きまして、詳しい警察関係者に相談したんです。その話では、中国の人民解放軍や北朝鮮の朝鮮人民軍によるサイバー攻撃は凄まじく、自衛隊と警察のネットワークにも度々侵入している。そして、僕のパソコンのファイルの壊れ方は、十中八九そうしたサイバー攻撃によるものだと断言されたんです。その二日後に、ハードディスクがクラッシュしました。
西村 この一、二年だけでもサイバー戦争、サイバーテロが急速に進化している気がしますが、これに対して日本は今一番無防備ではないでしょうか。
青山 主要国の中では勿論一番でしょう。現在、グーグルが提供しているアプリケーションの利用が広まっていますが、これも安心とは言えません。グーグルカレンダーなんて、訓練を受けたサイバー部隊の手にかかれば丸見えだと言われています。
荒谷 ネットワークにつながっている以上、サイバー攻撃を完全に対応する術はありません。それこそ本当に原始的な手法に戻るしかない。
青山 標的は警察や自衛隊ではありません。例えば、僕の専門である原子力分野も同様です。原子力発電所のネットワークは閉鎖していて外部からは侵入できないと言われていますが、サイバーテロリストにかかれば間違いなく侵入できると思います。
荒谷 日本人は一定のルールの中での競争は強いのですがルールを変えて勝とうという戦略がない。国際社会では、自分を変えないでルールを変えて自分に有利にしようという仕組みを作っていかないとならないと思います。他国が作ったゲームのルールの上で頑張っていても、国際政治では百%勝ち目はない。サイバー空間のルールも同じでしょう。
坂東 中国の甘粛省には、ネット監視を専門とする部隊が六百人もいるそうです。一つの省に六百人ですから中国全土ではかなりの人数になる。すごい力の入れようです。
青山 二〇一〇年の段階でいうと、サイバー攻撃に関してはおそらく人民解放軍が世界最強だと思います。とりあえず敵のネットワークへ侵入するだけなら、人民解放軍のサイバーアタック能力は、米軍も防げません。ただ米軍はサイバーアタックに対する報復能力を持っていますし、膨大な核戦力が恐怖を与えています。ところが日本にはサイバー対策部隊すら無い。だからやられっぱなしになるのです。
荒谷 自衛隊にはシステム防護隊というのがあるのですが、監視し侵入してきたのを探知・排除する。これも専守防衛です。しかし、現実は攻めなくては守ることもできません。
西村 続いてインテリジェンスの話なのですが、よく政府要人が頻繁に食事する中華料理店などがあって、実はそこが情報収集の拠点になっているという話がありますよね。
青山 そういう話はいまさら始まったことではありませんよ。六本木にある「中国飯店」という店は外務省御用達で、外務大臣と幹部の懇談、あるいは記者懇も行われています。それから富国生命ビルの上の「聘珍楼」も有名で、この二箇所で外務省は枢要な意思決定をしていると言われている。
西村 そんなところで話していては情報漏洩がいとも簡単に行われるじゃないですか!
青山 日本にはスパイ防止法がありませんからね。個人情報保護法があってスパイ防止法がない国も日本だけです。スパイ防止法を作るのは、憲法となんら矛盾しないにもかかわらず、です。
西村 諜報活動対策としてはスパイ防止法が制定されないと、どうにもなりませんね。

カミカゼの記憶が日本を守ってきた

坂東 もうひとつは日本人の意識の問題だと思うのです。「泥棒は駄目だよ」「強盗はだめだよ」という意識はあっても、国家全体として見るべきことに関しては全然議論が深まらない。
青山 敗戦後、国家や軍事力は皆悪いものだと日本人自身が思い込んでしまっている。そもそも日本で「国家」という言葉がまともに使われるようになったのはつい十年ぐらい前のことです。僕たちの国は二千年間、敗北の経験がありませんでした。つまり「敗けたときにどうするか」という点について未経験だったわけです。だから未だに敗戦後のショックの中にいるわけです。ところが、世界を見渡せば、戦争に敗けたことがない国というのはほとんどありません。アメリカでさえ敗北を経験しています。敗けたからといって、自国のために命を擲った兵士を弔わない国もありません。同じ戦争で負けたかつての同盟国であるドイツでさえ、今は「ドイツ連邦軍」と名乗っている。安全保障基本法、領域警備そしてスパイ防止法の制定は現実の問題としてすぐに取り組むべきです。しかし、根幹のところを放置しては前に進めない。まずは日本人の敗戦史観の克服です。
荒谷 私がドイツに留学していたとき、テレビ番組で神風特攻隊を扱った番組が頻繁に放送されていました。どういうことかと不思議に思って、ドイツ人に訊ねたんです。すると、「カミカゼは我々ドイツ人の歴史的な経験を遥かに超えた、インパクトのある出来事だから、取り上げられるんだ」という説明が返ってきた。これを聞いていた外の国の将校たちが「今はアメリカに尻尾振っているけれど、いざとなると日本人はやるよな」と、そんな話をするのですよ。戦後の日本の安全は日米安保体制に守られているのではなくて、戦前の日本人の戦いぶりが強烈に世界中の人の脳裏に焼き付いていて、「日本人はいざとなったら徹底的に戦ってくる」という畏怖の念に守られていたのではないかと思います。
西村 日本人が戦った歴史が最大の抑止力だと言う事ですね。私もまったく同感です!
青山 だからこそ、日本人の精神面の武装解除しなければならないわけです。アメリカがあの憲法を突き付けたのは、そういう心理でしょう。
荒谷 アメリカがこれだけ日本人を縛り付けて、それでも未だにまだ気持ちを緩めないのも、日本人の壮絶な戦い様の記憶があるからです。ご先祖様の戦いぶりを自分らで再評価し、その抑止効果が消える前に、新たな本物の抑止力を確立させないとだめですよ。
青山 僕は、自衛官がなぜ声をあげないのか不思議に思うんです。例えば硫黄島です。硫黄島の滑走路の下には、多くの将兵のご遺骨が閉じ込められたままなのですよ。それで平気なのですか? 海外の遺骨収集と違い、硫黄島は日本国内しかも東京都です。未だに一万三千人のご遺骨を放置したまま、P3CやF15が毎日着陸しているのです。
奈良県での講演でこの話をした際、この講演に参加していた自衛官から後日丁寧な手紙を頂きました。そこには、「硫黄島への着陸でP3Cの操縦桿を前に倒すときに心を痛めました」と書いてあった。遺骨が眠る滑走路の上には飛行機を降ろせない、そう考えるのが本来の自衛官のありかたでしょう。
荒谷 かつてのソビエトでさえクレムリンの前で火を絶やさずに祖国のために戦死した兵士の魂を敬っていました。政体や主義思想と関係なく、国のために命を捧げた兵士に感謝の念を捧げることがないと、いざという時に兵隊は国に命を賭けられないのです。ましてや、その兵士の魂を貶め、遺族の方たちの無念の心に目を向けず、日本の歴史を改ざんし日本人を侮辱する国の声になびく政府の最高指揮官など信用できるはずもない。

取調べ室可視化で、自白がなくなる

坂東 人の心を知らないのは、最近の警察にもそういう傾向が起きています。最近は容疑者の取り調べ風景が様変わりしているようです。私が現役の頃ですと、取調室に入ったらまず「タバコの一本でも吸うか」と容疑者に出したりしたものですが、今はこの段階で駄目なんです。つまり「私は刑事さんからタバコを薦められましたので、逆らえずに嫌々タバコを吸いました」なんて容疑者に言われたら調書の証拠能力が無くなるんです。さらに取調室でお茶も出すのもできなくなっています。刑事と容疑者であっても、人間同士ですからちょっと和みたいときは「おい、お茶でも飲もうよ」と言ってお茶を入れるたりしますよね。でも今は「私は刑事さんにお茶を出されましたので、『お茶の代わりに話せ』ということだと思ってつい喋ってしまいました」と公判で言われかねない。すると、「自主的な供述ではない」と判断されて証拠として採用されないのです。「人権」「人権」と言われて、警察内部で予防線をはっているうちにどんどんダメになってきたのだと思います。さらに厄介なのは、最近議論されている取調室可視化の問題です。これは取り調べにおいて不利益がないように取り調べの状況を録画するというものです。でも実はこれで困るのは容疑者のほうでもあるのです。
例えば中国人犯罪の場合、彼らの強盗や住居不法侵入、窃盗という犯罪行為は必ず複数でやるのです。私はこれまで千四百人もの中国人を取り調べてきましたが、そのほとんどの容疑者には共犯がいます。反省した容疑者は、本当のことを喋って少しでも心証をよくしておきたいと思うものですが、仲間のことをうたった(自白)したところを録画されるのは誰だって嫌でしょう。取調室で自白ができない状況になるから、もはや取り調べなんて出来なくなってしまうんですよ。
西村 安全保障にしても、治安にしても、組織を動かすための根本の仕組み作りにおいて、日本は欠けている部分が多い。ただ、そういう問題について現場の自衛官や警察官から声が上がることは極めて稀だと思います。

 

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