元海上自衛官 伊藤祐靖

早めに殺すわよ

 この日もバトミントンをしていた。ここでは、中流階級以上のほとんどの人は、2日に1回はバトミントンをする。体育館もどきのところで、2〜3時間、Tシャツは少なくとも3枚は替えるほど汗をかく。シャトルは、プラスチック製ではなく、本物の鳥の羽のものを使うし、ラケットは一人2,3本持って来る。結構本格的である。私も家主と奥さんに誘われ、基本的には軍隊の高級将校や警察高官との社交のため、加えて心肺機能への刺激にもなると思い、参加していた。
3度目の着替えを終え、みんなが帰ったバトミントンコートで、ジェニーに今から寝技の訓練をすると説明したら猛反発してきた。
「何で、こんなところでグランド(寝技)をするの? こんなところで、やったってしょうがないでしょ、日本人は、バトミントンコートで戦争すんの?」
「ここでしかできないことだってあるだろ」
「真っ平らなところでしか通用しない技を身につけるの? 戦う場所でやりましょ。あなたが戦うのは、船の上? もっと狭いわよ。海岸? 砂も岩もあるわよ。市街地? ビンも棒も転がってるわよ」
「いや、何にでも基本というものがあるだろ」
「基本? 何よ? 基本は確かにあるけど、今更あなたと私がしなければならないのって何? ここでしかできない基本って何?」
「あなたは、今考えながらしゃべってるわ。私に聞かれて、急いで考えて答えてるでしょ、今回で4回目よ、やめなさいよね。答えが、あらかじめあるみたいなふりするのは『そう考えたことは、無かったな〜』って言いなさいよ。嘘つくと殺すわよ。『仲間にまで嘘をつく奴は、早めに殺せ。苦しくなると必ず裏切る』って言うでしょ。《聞いたことない格言だけど、もの凄い格言があるもんだ・・・・・・》
「サッカー選手は、本番をするサッカー場で練習をするわ、サッカー場では、どうしてもできない、ウェイトトレーニングだけは、ジムでするんでしょ。あなたが本番をする場所では、どうしてもできないものって何よ? それをするためにここにいるんでしょ? それはいったい何? 答えなさいよ」
グーの音も出なかった。どうにもならなくて「君は正しい」と言った。ジェニーは、更に眉をしかめて「私が正しい? 違うわよ、あなたが間違ってるのよ。『俺は間違ってる』って言いなさい。今すぐに言いなさい」
“完膚無きままに叩きのめされた”とはこのことだった。グーの音もでないで、苦し紛れに出した台詞を更に”ぶち叩かれた”感じがした。自分の嘘つき癖がほとほと嫌になった。透明な心なんか、ほど遠い。確かに真っ先に考えたのは、「正当化しなきゃ」だった。「なるほどね」ってジェニーがうなずくには、どうすればいいのかをその場で考えていた。
何でそんなことするんだ? 何になるんだ? 見栄か、虚栄心か? 何気なく繕おうとして、嘘をつき、騙そうとした。なぜ、何気なく繕おうとしたのか? 
俺はジェニーを仲間と思ってないのかな〜、かな〜で済む話ではない。ジェニーの怒りは、深刻だ。あいつは、本当に早めに殺すだろう。
同時に思い出していた。俺も特殊部隊の時言っていた。よく言っていた。「俺にお前達の内臓の裏側まで見せろ。俺も自分の内臓の裏側を見せてやる。微塵も隠し事をするな。すべてを晒せ、それが一緒に戦うということだろ。一緒に死ぬ覚悟とはそういうもんだろ。それができない奴と一緒に突っ込めるわけがない。微塵でも晒せないものがあるのなら、この部隊を去っていけ。俺たちの視界内に入ってくるな」
【生まれも育ちも別々で、血も繋がっていない者同士が、死ぬときは一緒だと決める仲間とはそういうものだ。当たり前だと思っている】
「ジェニー、俺は間違ってたな、繕おうとしたよ」
「そうそう」
《あれっ、軽いね、それだけ? 殺すとまで言っといて、それだけ?》
「グランドは、そこの道でやりましょ、ビンの使い方を教えるわ」
とても日本での「寝技」の訓練からは思いつかない、転がりながら拾ったビンをどう使うかを弟子から教わった。

ある日、手首の関節技をかけようとすると「あんたは、バカ? 首を狙うならわかるけど、私の右手なんぞに自分の両手を使っちゃって、何で手なんぞを狙うの? そんなもの“おとり”に決まってるでしょ。最初から手足は、捨ててるわよ。バカは、身体の末端にあって、早く動いて、物が持てる手に目がいくのよ。そういうバカは、みんな死んでったわ。やめなさいよね。簡単でしょ、切り離して考えなさい。自分の目と首と心臓を守りながら、相手の目と首と心臓を壊すんでしょ。身体の末端なんぞに惑わされるんじゃないわよ」
「相手は待ってるのよ。あなたが馬鹿にみたいに、手なんぞに食らいつく瞬間を!! あなたの意識が私の手なんぞに集まりきった瞬間を待ってるのよ! その瞬間には、あなたの無防備な目に指を入れ終わってるわ。それから、ゆっくり、あなたの柔らかい喉仏に全体重のかかった膝を乗せて、気管を潰すわよ。あなたは、私の右手から急いで手を離し自分の首をかきむしりながら死ぬのよ。みんな目をこんなに大きく開けながら死んでいったわ」興奮して、まくし立てるジェニーは、途中から主語が自分になっていた。残像がフラッシュバックしているんだろう。
「あなたは、自分の命をえさにして、相手の命を取りにいくんでしょ? 相手を痛がらせたいの? 転ばせたいの? そんなことは、インチキインチキのじいさん(中国拳法の長老)にやらしときなさい」

 徹底的に耳障りの悪い汚い単語でたたみ掛けるように喋るので、素直に聞く気が失せてしまいそうになるが、いつも、ジェニーの言うことには、一理も二理もあった。
彼女を見ていると戦うということの根っこの部分がわかってきた。戦うとは、自分が生き残ることではなく。相手を消すことなのである。自分が生き残ることより、相手を消すことを優先するということなのである。ジェニーは、その為の準備を冷静、冷徹に考え、実行していた。その姿勢は、真面目に真剣に生きるということそのものであった。そして、それを私にも求めた。それは、一緒に戦おうとしているからである。その関係に失敗や過ちはあっても、隠し事や嘘は存在しなかった。生命を賭した戦いを共にするということは、お互い、人となりのすべてを共用し、戦いに投じるからである。己にでさえ、隠すべき陰を持つ者は決して勝てない。生き物としてすでに虚像だからである。そう感じ始めると魂だの覚悟だの志だの誠だの、そんなこと言っている奴に限って、自分が虚像であるが故にその言葉を多用しているように思えてきた。
ミンダナオ島でトレーニングを開始して5日目だった。この日を境にジェニーは、逆上することがなくなり、海中での格闘以外は徐々に私が教える事の方が増えていった。訓練初日から衝撃の連続だったが、それも5日で終わった。たった5日の開きなのだ。しかし、本物を見なければ、私は虚像のままだっただろう。真平らな板の間で道着なんか着て「エイ」なんて関節技をかけて、この延長線上に戦闘があるとか思っていたのかも知れない。
42年間かけて、時には虚像を演じ、時には虚像に騙され、いろんな人に接し、多くの国に行き(生き)、空中の世界、陸上の世界、水上の世界、水中の世界に存在し、やっと、真の軍人像にたどり着いた。
真の軍人像は、異国の自分の半分も生きていない女性の中にあった。それを見たときに感じたことは、”俺は真剣では無かった”ということである。真剣に戦うという事を考えていたならば、平らなところでの訓練も、両手で相手の片手に食らいつく事もしなかったはずなのである。つくづく、真剣になるということの難しさを思い知った。“命より大切なものために真剣に生きる”という、軍人として当たり前のことを自分がしていなかったという現実を突きつけられた。まずは、過去の自分を反省し後悔し恥じることからやり直すしか無かった。



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