元海上自衛官 伊藤祐靖

シーツとジャングル

 1991年、「リムパック」という、太平洋沿岸数カ国の海軍による共同訓練に参加した。その際に航空母艦「キティーフォーク」に乗艦し、パールハーバーからサンディエゴまでを約1ヶ月かけて航海する機会に恵まれた。

8000人を上回る乗艦者の中には、軍服を着ていない人や女性も居た。艦内にはジムはもちろん、教会、図書館、裁判所、刑務所、病院、郵便局、スーパーマーケット、2つの士官用食堂、3つの下士官用食堂などあらゆるものがあり、ないものといえば酒を飲ませるところくらいであった。
私の任務は、英語が少々苦手な司令の付き人みたいなもので、拘束時間はそれほどない。海上自衛隊の制服を着ている私には特権があった。見慣れない服のため階級章がなくても不審がられない。通常は、将校しか立ち入ることが出来ない区画に出入りするため、米国式の階級章を付けていたが、下士官の食堂や艦の底の方をふらつく時は階級章を外して身分がわからないようにした。そうやって当たり前のような顔さえしていれば、幹部の身分を気付かれずに何処にでも行けたのである。
 
全長320mもある巨大な艦が、どうやって末端の水兵、航空機1機にまでトップの意志を伝えているのか? 航空機は、どういうサイクルで整備され運用されているのか? どうやって離発着を管理しているのか? 格納庫の航空機を誰がコントロールし、フライトデッキに上がってきたら誰に代わり、離陸して、艦から10マイル以上離れたら、誰がコントロールするのか? ・・・・・・組織作りに関する興味は尽きなかった。その組織の仕組みにこそ「強いアメリカ」の根源があった。個々の人間には高いスキルを求めず、システマチックに効率的な組織作りをして総合力で勝負する。それこそが、米国が人類に君臨している理由そのものであった。

ある日、士官用の食堂でテーブルにつくと、私と同様に見慣れない軍服を着た大佐が目の前にいた。
「その軍服はどこのですか?」
「米国陸軍だよ」米国人特有のフレンドリーな笑顔で答えてくれた。
「陸軍? 陸軍の大佐が空母で何をしてるんですか?」
「この船には宇宙飛行士まで乗ってるんだよ。……全然不思議な事じゃないよ」 
「そうなんですか、陸軍では、何をしてるんですか?」
「スペシャルフォース、グリーンベレーだ」
「えっ、あの最強の部隊!! ジョンウェインの映画見ましたよ」
「映画では最強だけどね、実際は、なかなか難しいんだよ。……実は俺達は弱かった。ロコ(現地の人)の連中にはまったく歯が立たなかった」

その頃は、特殊部隊と言えば、私の“ちょいと頭のおかしな”親父がいた部隊というくらいで、あとは映画の世界しか知らず、迷うことなくアメリカの特殊部隊が一番強いと思っていた。
「へ〜。そうなんですか」 
「いつ、そのロコに歯が立たなかったんですか」 
「ナムだ」
「ナム?」
「ビエト、ナ〜ムだよ」
「は〜〜?あっ、ベトナム戦争ですか」
「その頃の我々は、国内外での訓練を積んで“暗くても見える”“2日分の食料で2週間の行動ができる”といった能力に絶対の自信があった。いよいよベトナムへの派遣が決まり、まず、南ベトナムの山村に入って、2週間で身体を現地の気候に慣らす期間があった。……そこでいきなり自信はゼロになったよ」
「えっ、実戦に行く前に? 気候に身体を慣らす段階で? 身体が気候に慣れきれなかったの……?」
「初日に、いきなり火と太陽以外明るさを与えるものがない世界に居ることを痛感した」
「そんな訓練、無かった訳じゃないでしょ?」
「訓練はな、そりゃあったよ」
「でも、生まれてから死んでいくまで自然界の明るさしかない世界に生きる人達を初めて見た」
「暗いところでも見えることに絶対の自信があったのに、この俺が全く何も見えない夜道で、4歳くらいの子供が鬼ごっこをして遊んでた」
「驚きを通り越した俺は、その子供達に『見えてるのか』って聞いたよ、そうしたら『何処に行きたいの?』って4歳くらいの子供が俺の手を引いて連れて行ってくれようとした。」

「俺達は、週に1回はステーキが出ないと、不平不満だらけになった」
「でもな、そこの村の子供達は4歳でも、腹が減ったらジャングルに入りお腹が一杯になって帰ってくるんだ」
「俺達にとっては地獄のジャングルでも、4歳の彼らにとっては食料品庫か冷蔵庫なんだ」
「叶うわけがないよ」
「その作戦が行われる期間の2倍、俺らであれば作戦が2週間だから少なくとも1ヶ月そのバトルフィールドに居るだけで、一瞬でも苦痛を感じたり、何かを我慢したりしているとすれば、そこでの戦闘には絶対に勝てない。戦闘にならないんだよ」
「だって、居るだけでストレスを感じてるなら、戦闘になった途端、肉体が死んじまう前に、その環境ストレスとコンバットストレスがメンタルを殺しちまうからな、コーマン(メディック)だろうと、ドク(軍医)だろうと、メンタルに救急治療をできる奴は絶対にいない」
「敵はそこで生まれて、そこで育ち、そこで死んでいくことが当たり前だと思ってる連中だぞ」
「しかも、その4歳の子供達の中から選抜されて兵士になっていくんだ、絶対に勝てるわけがない」

この時は、私にはまったく関係のない話だと思っていた。
「へ〜、でも俺はNavyだもん。死ぬその朝まで白いシーツに寝て、1日4食も食べて、でも、その艦と一緒に乗組員全員で水死すんのが定め」

しかし、その7年後。特殊部隊を創設し、「バトルフィールドに住んでいるだけで、一瞬でも苦痛を感じたり、何かを我慢したりしているなら絶対に勝てない」この言葉の重さをひしひしと感じることになる。本来海をフィールドにするNavyでありながら、そこに存在することに一瞬たりとも苦痛を感じないようになるための訓練、現代社会の利便性を捨てきり、その有り難たみさえも忘れるための訓練を実行しなければならない立場になるのである。
〈U.S. NAVY PHOTO〉

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