元海上自衛官 伊藤祐靖

「分隊長がお呼びだ」

「伊藤練習員」
「はい」
「分隊長がお呼びだ」
当時私は、横須賀251期練習員、第39分隊 第2班 に属していた。2班長から、そう言われた私は、なんで呼ばれているか大体察しがついていた。陸海それぞれの新兵教育をするところは、敷地が隣であり塀はなかった。甲板掃除をさぼり、陸上自衛隊の敷地内にあるビリヤードで遊んでいた私は陸上自衛隊の幹部に見つかり、逃げて帰ってきたところで全身汗びっしょりだった。
「伊藤練習員、入ります」 
分隊事務室に入ると、右奥のデスクに座っていた分隊士が、分隊長の前に行くように手招きをした。内心「掃除をサボったくらいでそんなに、仰々しく怒る場を作らなくても……」と思っていたところに分隊長は、「伊藤君」と呼びかけた。「伊藤練習員」でもなく「伊藤2士」でもなかった。自分のしたことはさておき、「変な呼び方して、そんなに怒ることかよ」と思っていた。

「おめでとう」不意に分隊長は言った。
そう言われて、ピンと来た。『幹部候補生学校のことだな……』。でも違ったら格好悪いので、
「えっ、何のことですか?」
「君は“気違い部落”に行く事になるかもしれない」
「気違い部落?? 何でしょうかそれは?」
今は知らない人の方が多いだろうが、当時は、気違いじみて規律にうるさい幹部候補生学校をそう呼んでいた。
「赤レンガだよ。」
「はい」
赤レンガとは、江田島にある幹部候補生学校である。「やっぱり……」と思った。何となくそんな気がしていた。塗り絵をしながら、「俺はきっと合格する」って思っていた。根拠なんかあるわけないし、理論的に考えると「そんなことありえない」とすぐに思い直す程度の感覚ではあったが、なぜか確信に近い感覚があった。
まともに考えれば、合格するはずのない1次試験のこの合格通知を聞いて嬉しかったはずなのに、あまりその記憶は鮮明ではない。むしろ、これをきいて「2次試験で落ちたら終わりだ」と思った記憶の方が強い。1次試験に合格することは、絶対にない。高校からの取り戻し勉強をすればするほど、毎日めげそうになるほど骨身にしみてそう思い、そんな自分を騙して騙して勉強してきたのに、受かってしまった。「何が何でも2次試験を合格しないと、1次試験合格という奇跡が起きた意味がない。せっかく起きた奇跡を途中で終わらせるわけにはいかない」、その恐怖の方がよっぽど強かった。2次試験は、小論文と面接だ。
翌日から、分隊長の面接の訓練が始まった。
「節度だ!」
「節度がない!」
「節度をつけろ!」 
「お前はリクルートスーツの中で一人だけセーラー服を着て2次試験を受けるんだぞ!」
毎日毎日、分隊長は動作の訓練をしてくれた。「最初は2次試験で落ちたら終わりだ」という恐怖感もあり、分隊長の訓練を「ありがたい」と思っていた。しかし、どう考えても節度より、面接官の質問にどう答えるかの方が大切であり、そして本当は、面接官に質問なんかされたくなく、自分の今のこの気持ちを面接官にぶつけたかった。面接では必ず「君は何で幹部になろうと思ってるんだ?」って聞くに決まってる。そうしたら、日体大からどうして海上自衛隊に入ろうと思ったのか、入隊の日何があって、どうして幹部になるしかないと思って、どれ位勉強して、でもマークシートには塗り絵をして、どれ位の奇跡が重なったからここに居るのかを説明してやろうと思っていた。それで不合格になったのならしょうがない。俺は目指している海上自衛隊の幹部に心底向いてないんだから。他の道を考えようと思っていた。
「46番の方」
「はい」
「コンコン」ノックを2回してから、面接室に入っていった。
面接官は3人、右端の面接官があらかじめ資料でわかってるくせにビックリしたふりをして、
「君は練習員か?」と聞いてきた。
「はい、横須賀教育隊の251期練習員です」
「君は何で幹部になろうと思うのかね?」真ん中の面接官が聞いてきた。
『ハイ、待ってました……』それから一人で延々20分以上しゃべった
「だから、今私はここに居るんです。だから、どうしても幹部になりたいんです」と締めくくった。
「もちろん合格させる約束なんかはできるわけもない。だけどな、私の持ってる力の全てを使って君を幹部候補生にするべきだと説明して回ることは約束する」と真ん中の面接官が言ってくれた。
スーッとした。終わった。これで俺のお膳立てできることは終わった。あとは、結果を待つだけ。
当然、合格の確信はあった。

その2次試験の1週間後に新兵教育を終了し、横須賀を母港とする「むらさめ」という軍艦に配属になった。そして、その2ヵ月後、太平洋上の「むらさめ」電信室において、幹部候補生学校の合格通知電報を受信したのだった。

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