元海上自衛官 伊藤祐靖

「幹部って何ですか」

昭和61年11月

  陸かな、海かな、空かな。陸軍か、あの大戦の時ですら、本土決戦しなかったんだから、海外に出ていかないなら存在に意味がないよな……。空軍か、俺が第一線になるころには、飛行機ってラジコンの時代になって、人がわざわざ乗ることなんかなくなってるんじゃないかな。残りは海軍か。よし海軍に行って、最近よく聞くシーレーンっていうものを守ろう。転がり始めた石のようにどんどん考えはまとまっていった。
「君は、いくつ?」
「22歳ですけど」 
「大学卒?……それじゃ幹部候補生学校だね。これがパンフレットだよ、あげるよ」
募集事務所でパンフレットをもらって合宿所に帰った私は、「幹部候補生か〜。すごいな」と、妙に感心していた。
本来なら大学生なんかになれなかったという意識の強かった私だけに、「走るのが早いだけですごいことになっちゃうんだな……。大学ってすごいんだな〜。国家公務員の幹部候補生になっちゃうのか……」と、まさに「棚からぼた餅」の気分を味わっていた。受験資格があるだけで、合格したわけでもないのに、である。そこへ、私の2期下の後輩が、質問してきた
「ところで幹部って、なんなんですか?」
「ん〜。合宿所の3年生以上みたいなんじゃね〜か」
「そうなんすか、いきなり3年生になっちゃうんですか?」
「そうみたいだな」 
そんな会話をするうち、「嫌なこともたくさんあったけど、大学にきてよかったな〜」と妙に高揚する一方で、「なんかずるくね〜か」ということも感じ始めた。
「おい、おかしくね〜か、いきなり3年生っておかしくね〜か、1年やって締められて、2年やって板挟みを味わって、3年があるんだよな」
「だから、3年生は自信もって1年を締められるし、2年に板挟みを強いられるんじゃね〜か。いきなり3年はずるいだろ。そりゃ美味しいかもしれないけど、きたないだろ」「ずるいだけならいいけど、ずっと、そのずるさに引け目を負って生きてくのか? そんなの気持ち良くないよな、スッキリしないだろ」
「ん〜まあ、そういう考えもあるんですかね……」とたじろぐ後輩を尻目にちょっとしたボタンの掛け違いで、なぜかお門違いの正義感に頭の中が占領された私は、
「よし、ずるしないで、1年生からやる。一番階級の低い、2等兵からやる。どうせ、一つしかない才覚の走ることを止めて人生を切り替えるんだから、けちなことしないで、スッキリ行くよ」と、一瞬でかなり大事なことを決めてしまった。
翌日その後輩は、「やっぱり先輩止めたほうがいいと思うんです。絶対無理ですよ、高校生と同じところから始めるということですよね」「1つ学年が下だったら、呼吸するおもちゃくらいにしか思ってないところ(日体大)にいた先輩が、4つも年下の奴と同じなんて無理ですよ。同じ服着て、同じ扱い受けて、下手すりゃため口きかれますよ。血液が沸騰しますよ。普通でいられるわけないじゃないですか。トラブル起こして傷害事件とかでクビとかになりますよ」と、非常に正しいことを忠告に来た。
「大丈夫だよ、彼らは国の為に命を失ってもいいっていう高校生なんだぞ、耐えられるよ、大丈夫絶対に一緒にやっていける」。私は、妙な確信を持っていた。そして、人生の大きな分かれ道を決めてしまった。しかし、その確信が単なる思い込みに過ぎなかったと、一瞬で理解する日が来ることとなる。

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