元海上自衛官 伊藤祐靖

「お世話になりました。行ってきます」北朝鮮工作母船追跡事案(第10話)

立入検査隊員が集合している食堂に行った。
教育訓練係士官の私は、その立入検査なるものを誰も理解していないことを知っていた。なにせ、まだ1回も訓練をさせていないのである。だから、せめてどういうものなのかを説明する必要があった。
しかし、食堂はそれどころではなかった。通常、船乗りは、その艦の配属になると各人毎に番号を付与される。その番号に従って、ある号令がかかったら何処に行って何をするのかが決められており、それを全員が記憶している。それを部署という。しかし、当時、立入検査隊部署については、ほとんどの者が気にしたこともなかった。つまり、立入検査をするような事態が現実に想起するとはほとんどの人間が思ってもいなかったのである。だから、200名以上の定員の中で20名程度の乗り込み員に自分が当てられているかどうかを、「部署」と書いてある書類と自分の配置番号を照らし合わせて確認した者がほとんどであった。あたかも、生死を分ける10分の1のギャンブルをやるかのように。その結果、「俺が指名されている……」と、20数名が天を仰いだわけである。その天を仰いだ20数名が、先ほど同じく天を仰いだ乗り込み隊長の士官から付け焼刃の説明を受けていた。彼らは大人しく聞いていたが、彼らの兄貴分である班長クラスが押しかけ、「防弾チョッキはないのか?」といったような、難癖とも悲鳴とも思われるクレームをつけて、収拾がつかない状態になっていた。
 
指名された隊員の一人に私の直接の部下がおり、弱った顔で私に話しかけてきた。
「私が指名されています。私の任務は、手旗です。無線機が故障した場合に母艦と交信するのが任務です。今は夜ですよ。暗夜の中、何キロも離れた母艦から書かれる手旗なんか読めるわけがありません。行く意味があるんでしょうか?」
正直、私自身も「意味があるのか? それは、無いだろう」と思った。しかし、彼の中にある「できれば行きたくない」という贅沢な悩みがうらやましくもあり、腹も立った。

 「つべこべ言うな、国家の意思なんだ。あの船は、日本人を連れ去ろうとしている可能性があるんだ。その船に我々が乗り込んで行って連れて帰って来る。それは、国家の意思なんだ。可能不可能の問題じゃない。国家がその意思を発揮する時に誰かが命を投げ出さなければならないのなら、我々が命を投げ出すことになっている。その時のために自衛官の生命は存在する」
一瞬、彼は引いた顔になり、その直後、ホッとしたような表情になった。
「ですよね〜。そうですよね?」 
彼の表情に戸惑いながら、内心、思っていた。
この自分の職業観、死生観をぶちまけたけど、いいのか? お前は「ですよね〜」って簡単に納得していいのか? 立入検査隊が乗り込むと同時に、工作母船は自爆自沈するだろう。どう考えたって死ぬのに、「ですよね〜」で行っちゃうのか?
そんなもん、こいつが死んだら俺だって生きているわけにはいかない。自分の職業観、死生観を強要したんだ。俺も後からこいつの近くに行く。何もなかったかのように生きてなんかいられるわけがない。
そう思ったら、自分なりに置いてけぼりを逃れられる理由ができたような気がした。

 指定された装備品を装着したり、生まれてから1回も触ったことすらない拳銃と実弾を付与されたりするため、乗り込み隊員達は一旦解散になった。
約10分後、いよいよ乗り込むために再集合が下令され、続々と20数名が集まってきた。身体には、防弾ベストの代わりに『少年マガジン』などの分厚い漫画雑誌が巻きつけられている。そこには同僚の無責任な励ましの殴り書きが多々見られた。
滑稽とも思える格好であったが、その表情は、10分前とはまったく異なっていた。間もなく開始される人生最期の行動と、それによって決定付けられる自分の死を受け入れる心の準備が終わったためなのか、何のためらいも気負いもなく、すっきりと清々しかった。自分たちの死に完全な正義があることを信じているひたむきさは、清々しさとあいまって美しさを感じさせた。
何なんだろう、こいつらの充実感に満ちた顔つき目つきは? 年末ジャンボ宝くじが当たるの当たらないのって、さっきまで他力本願な話を恥ずかしげもなくしていた彼らが、突然降って湧いた死を目の前にしてバカにスッキリとした顔をしている。

きっと、いや絶対に、出撃直前の特攻隊員の表情はこうだったんだ。まったく悲壮感なんかない。素直な真っ直ぐな眼差しでなぜか自信に満ちている。どうせ一度の人生なんだ、閉じるときはこうやって閉じたい。美化しようなんて気は毛頭ないが、彼らのことがひどく幸運に思えて、何よりその表情に見とれてしまっていた。
しかし、同時にもうひとつの強烈な思いが私の胸に湧き上がってきていた。いいのか、これで? これはしてはいけないことなんじゃないのか? つい、見とれてしまったけど、やっぱり彼らは向いていない。向いている奴がちゃんといるんだ。特別な奴に、特別な武器を持たせて、特別な訓練をさせて、そいつらにやらせるべき任務なんだ……。絶対に……。

 目が合った私の部下は、私に向かって言った。
「航海長、お世話になりました。行ってきます」
そして、ちょっとの間をおいて、続けた。
「後は、お願いします」
「わかった、国(くに)次(つぐ)、あのよ……」
反射的に返事をして、部下の名前を呼んでから何かを言おうとしたが、30分後に確実に深海に沈んでいる国次に言うべき言葉などはなかった。(こいつ、最後だからって言いたいこと言いやがって。そのお願い重たすぎるんだよ)と思った。   

これ以来、選挙投票日の前日に「最後のお願いに参りました」と叫んでいる声を聞くと、国次を見送った時に頭をよぎったすべてを、あの日あそこで、何が起きていたのかを、そして彼らは何を諦め、最後に何を願ったのかを、日本中の人にぶちまけたくなる。彼らは、30分後の溺死が確実なものになっていくなか、多くの欲求を諦め、そぎ落とした。最後に残った願いは、公への奉仕だった。それは、育った環境や教えられた権利・義務とはまったく無関係な、生まれた時から持っている感情であり、ごく自然に湧き出たように感じられた。そんな彼らを見ていると、急に政治家という生き物がひどく穢れたもののように感じられ、そんな奴らなんぞの命令ではなく、陛下からの命令で行かせてやりたいと思った。嘘をついてでも、陛下が御裁可されたと言ってやりたかった。
なぜ突然、私の頭に陛下が浮かんできたか。その理由は、はっきりしている。彼らが最後の最後に望んだものは、無私無欲な人から命じられることだったからだ。
だからこそ、どうしても、「命をかけて……」と、叫んでいる立候補者に言いたい。
「俺もね〜かもしんね〜けど、今のお前には、一片の“ひたむきさ”も“清々しさ”も“美しさ”もね〜よ。本当に、命をかけると言うのなら、『失策があったら、腹を切る』」と言え。『これが私の覚悟だ。だから、私に投票しろ』と言え。
『隊員は、私の信じる正義に命を奉げろ』と言え。それが人に死を強要する立場に就こうとする者の最低限の礼儀だろう。そして、本当に無私無欲を体現できたのなら、シビリアンコントロール云々ではなく、お前の至誠に俺達は命を預ける。できないのなら、この国は皇軍を再建すればいいだけの話なんだ。やんのか、やんね〜のか、言ってみろ」

この事案のわずか50年前、このような光景は当たり前のように繰り返された。散華された何百万の先輩たちは、何を願い、何を託して逝ったのだろう。少なくとも、この時の彼らと同様に、一片の私欲も存在しない美しい眼差しで死地へ向かって行ったことだけは間違いない。

「まもなく、立入検査隊が出撃する。総員、適宜の位置で見送れ」
この号令が直接私の声で流れたことに、国次は気づいているだろうと思っていた。
べた凪の日本海は、真っ黒な水面(みなも)にその声を吸い込んでいった。



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