元海上自衛官 伊藤祐靖

「お世話になりました。行ってきます」北朝鮮工作母船追跡事案(第11話)

能登半島沖事案の数日後、「みょうこう」は母港である舞鶴に停泊していた。
私は、その中にある司令室に向かった。
「みょうこう航海長入ります」
通常、航海長が司令室に入ることはありえない。司令とは、艦長を指揮する立場の人である。艦長を飛び越して司令に直訴しようとしていた。

能登半島沖での工作母船は、立入検査隊の出撃直前に再び急発進し、航空部隊をも巻き込んだ追跡劇のすえ、北朝鮮へと逃げおおせていた。平成11年3月24日06:07の作戦中止命令は、私に任務失敗という一生ぬぐうことができぬ汚点を引き摺っていくことを義務づけた。その時の、小さな蛇行を切りながら北朝鮮方面に消えて行く不審船の後ろ姿は、この網膜から絶対に消えることはない。この手であそこにいた奴ら全員を仕とめるまで、心から楽しいと思うこともなければ、心底笑えることなどあり得ない。私の個人的な激情はいいとして、何より、部下の「重たすぎるお願い」を引き受けた時にこの胸に湧き上がった「いいのか、これで? つい、見とれてしまったけど、やっぱり彼らは向いていない。向いているやつがちゃんといるんだ。特別なやつにやらせるべき任務なんだ……」という思いだけは、何がなんでも具現しなければならなかった。

「司令、今回の事件についてですが……」
司令は、私のことを「こいつ一体、何を話し出すんだ?」という目でじっと見ていた。
「護衛艦の乗員ができる任務ではないと思うんです。立入検査という部署で対応するには無理があります。相手は、いつでも自爆する覚悟のある軍人で、そいつらの待ち構える船に乗り移って行って武装解除、人質奪回…無理があります」
「それで、何だ。何がしたいんだ。俺に何をさせたいんだ」
「特別な部隊を作るべきです。そのために自分に何ができるのか、どうしたらいいのか見当がつきません」
「イージス艦の航海長でしかないお前が逆立ちしようが、新規の部隊なんかできるわけがないだろ」
司令は、意地悪く言った。
何と言っていいのかわからず、黙っていると、
「お前が心配するレベルの話じゃないんだよ。お前が思わなくたって誰もが思ったんだよ。今、海上自衛隊でもなく防衛庁でもなく、政府がその必要性を検討している」
「えっ、そうなんですか」
ほっとしたような、拍子抜けしたようなかんじで、自分しか気づいていないと思っていた自身の買い被りが、恥ずかしくなった。

「ところで、そういう部隊ができたら、お前は船乗りの道を捨てて、そこへ
行くか?」
「もちろん行きます」(そのために、ここへ来たんだ)
「体力も水泳能力も、検定は自衛隊に入隊したときから1級です。日体大の特待生ですから当たり前ですけど、それと、五感は人並みを超えてます。視力は、2.0は楽に超えてますし、夜間視力も……」
なぜか肉体的な特性だけを真っ先にアピールしてしまったが、どうしても自分が行きたい理由は別にあった。

 国家はその意思を示すために、任務を完遂できる可能性がほとんどゼロなのを知っていながら、若者の生命を投入しようとした。その若者は、投入に関し明確な意思を持ってではなく、熟慮の末でもなく、勢いにまかせるが如く自分の生命を投げ出すことに同意をした。しかし、スッキリと不思議な満足感に満ちた目で彼らは行こうとしていた。これは、あってはいけないことなんだ。そういう目で死地に赴く若者を二度と出さないために、その部隊は存在する。想像とか、聞いた話とかではなく、私は知っている。なぜそういう特殊な部隊が必要なのか、それはどんな部隊であるべきなのかを、この身体が知っている。普通の人生観であっても突入はできてしまうが、特別な人生観の者を集めなければ任務を完遂することはできない。
一体、どんな人生観の奴らが必要なのか? 
その者にどんな能力をつけさせるべきなのか?
そして、その突入の時はどうなっていくのか?
これを知っている者が、自分が、その部隊に絶対に必要だ。
国家がその意思を示す時に、いくばくかの犠牲を伴わなければならないこともあるだろう。その時のために我々自衛官は存在するが、自衛官の誰もがその特性を持っているわけではない。その任務完遂に己の命より大切なものを感じ、何よりそこに喜びを見出せる者を投入するべきである。覚悟でも犠牲的精神でもない。満足感と充実感と達成感のために生命を投げ出せる者を集め、育て、研ぎ澄ませておかなければならない。この国が本気でそういう部隊を創ろうとするならば、そこに私は絶対に必要だ。

 想いがまとまらず、ここに書いた3倍くらいしゃべったが、半分くらいしか日本語になっていなかった。でも、言いたいことは全部言ったし、司令は私が何を伝えたいのかは感じたはずだ。司令は、黙って聞いていた。

 「ん〜、いいんじゃないか。その部隊は、それくらい頭が吹っ飛んでて変じゃないとできないよな。お前はあの事案からそういう考えになったのか? その前からその変な考えなのか? まあ、あの事案で拍車がかかったんだろうな……」
「変?」
それが俺が適任という理由か? それ以来、人に「変だ」と言われることが好きになった。
「よし、群司令部のセサ(先任参謀=首席幕僚のこと)には言っとくぞ。お前が希望してることをな。ただし、俺もお前の艦長も、適任と見るかは別の話だ。まだ、どんな部隊ができるかもわからないし、その部隊にお前が向いてるかどうかなんて考えたこともないからな。でも、はまり役だよ、だいぶ変だしな」

この8ヶ月後に「特別警備隊準備室」の人事発令電報を受信した。


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