元海上自衛官 伊藤祐靖

「お世話になりました。行ってきます」北朝鮮工作母船追跡事案(第3話)

「この話、親父に言うたか?」
「艦長には、まだ報告しておりません」CICの若い士官は、あまり艦長と話をしたくないので、私から艦長に言って欲しいという感じだった。
「あ、そう。俺から言うとく」
「すいません、助かります」(そんなに嫌なのか〜)

 艦橋には、テレトークという艦内の各部に連絡ができる通信機がある。それの士官室、操縦室、先任海曹室、食堂、艦長室のボタンを押してから、私はしゃべり始めた。
「各部(へ)艦橋(より)。航海長から艦長へ」
士官室のボタンが点灯し、艦長が士官室に居ることがわかった。士官室にいた他の士官の声で「ハイ、送話」と言ってきた。これは(艦長はここに居るので本文を送れ)という意味である。
「不審船情報1件。P3から。発見時刻○○○○インディア、ポジション○○°○○ノース、○○○°○○イースト、本艦のサーサーウエスト(南南西)20マイル。だたし、不審船と判断した理由が『露天甲板に漁具なし』であり、理由としては薄弱。現捜索計画に変更の要なしと判断します。以上です」
「艦長了解」

いくら社会通念が欠如している私でも、さすがに、ビールの恨み節までは艦長に話さなかった。艦橋を降りた私は、溜まっているペーパーワークを少しでも処理するために私室に向かった。航海長といっても、面舵、取舵だけをとっていればいいわけではない。教育訓練の責任者でもあり、各種書類の起案等のペーパーワークも山ほどある。航海中であれば、24時間体制の立直サイクルに組み込まれ、航海指揮官として3時間勤務、6時間休憩を繰り返す。更にその立直勤務に加えて、洋上でなければできない対潜水艦戦闘訓練、対水上艦戦闘訓練、ミサイル発射訓練等々がこれでもかというくらいに入っている。それと並行して書類の仕事も溜まっていく。1日に3時間以上寝るということは艦艇勤務の士官では、10年選手以上でなければまず無理である。

 誰かが私の私室をノックした。
「士官室係入ります」
士官室係が白い割烹着を着て入ってきた。士官室係とは、乗員の中から指定された士官の世話係のような者で、旧海軍の従兵に近い。食事の準備、掃除、入浴準備、ごみ捨て等々士官室だけなく、士官私室も担当し、細々とした作業をしてくれる。私も水兵の時には、士官室係をしたものだった。
「航海長、食事用意よろしい」昼食の知らせだった。
艦内での食事は、士官は士官室で揃ってとることになっている。配膳が完了すると士官室係が呼びに来て、艦長以外の士官全員がテーブルにつく。その後、艦長に食事準備ができたことを届け、艦長が着座し箸を付けるまで、誰も食べることは許されず、艦長が食べ終えると同時に食事時間が終わる。(それ以降は、誰も食事を続けることはできない)そして食後は、コーヒーを飲みながらの歓談になる。1日に3時間以上寝ることのできない士官にとっては、この時間が勿体ない。しかし、艦長が席を立つまでは、自分から席を離れることはできない。海上自衛隊に対する比喩として「伝統墨守 唯我独尊」とはよく聞くが、確かに古くからの言葉や厄介な習慣はたくさん残っている。しかし、それをどう使うかは、その人次第であり、私自身は困った記憶はあまりない。
例えば、この食後の歓談にしても、「お先に失礼します」と艦長に断って中座し、仕事に戻ったことは何度もある。後から小言を言ってきた人もたくさんいたが、彼らが教え諭そうとしてくれたことも元から承知の上での行動だったから、「そういった習慣があることも、それにどういう意味があるのかも理解した上で、艦長に許可を頂いて席を立ったんだ」と説明すれば、それ以上咎められたことは一度もなかった。「俺たちに時間がないことを重々承知の上でそれでも、身になる四方山話をしようとしてくれているんだ」と考えればいい話だ。「どう考えても、そうじゃない」と感じたら、堂々と中座をすればいい。それを咎める人はいない。しかし残念なことに、自分の思いを伝えずして、被害妄想に陥り、習慣や上官を恨んでいる人が多い。

昼食を終えた私は艦橋に立直した。航海指揮官である私の補佐役として、操艦経験のあまりない士官2名がその場に勤務していた。視界内を1隻の漁船が漁場に向けて航行しており、周囲に船舶はなかった。ふと、若い士官にその漁船の後方500メートルに入り込む操艦訓練をさせようと思いつき、艦長から許可を得て、操艦を交代した。若い士官は、汗ばんで目を白黒させながら、操艦のための計算をしている。その隣で私は、これから後方につこうとする漁船をボーっと目で追っていた。
「……なんか変だ」
理由はわからないが、何か違和感を覚えた私はその思いを口にした。
「舵長、あの漁船なんか変じゃない?」舵長とは、私の部下にあたる下士官(航海科員)の最先任者であり、年齢も海上経験も私より上であった。困ったり迷ったりすると私は必ずその舵長を頼った。
「ん〜。そうですか?」
「あれっ、感じないの? 俺だけ?」
確かに漁具は見えなかったが、そんなことで胸騒ぎはしない。
(何でかな〜。何でかな〜。気のせいか? 舵長が感じないんだからな〜)
若い士官は、必死に操艦していた。衝突の危険が迫らない限り、私は操艦を変わる気がない。かなり気楽にボーっとまた漁船を眺めていた。
「舵長、わかったよ。何で変か。……色だよ、何かペンキの白が違わない? くすんでんのかな?」
「そうかそうか」疑問が晴れた私は、満足していた。
若い士官は、いよいよその漁船の後方に回り込むところで、舵や速力を切り替える忙しい場面を目の前に緊張していた。間違えると衝突しないにしてもかなり相手に脅威を与えることになるので、私もいつでも操艦を取り上げられるように準備をした。漁船の後方には、船名及び船籍港が書いてある。後方に回り込むにつれ、徐々に船名が見えてきた。視力が2.0以上ある私は、双眼鏡をほとんど使用しない。
「第二大和丸」。
はっきり私には見えた。
「……これP3が騒いでたやつじゃね〜か」と思った瞬間、その漁船の船尾が観音開きに開放できるようになって見えた。つまり、工作船を出し入れできる工作母船だったのだ。
「こんクソ、外道(ゲドー)!!! 拉致船じゃね〜か!!!」
「操艦もらう!」若い士官にどなった。操艦訓練なんかしてる場合じゃない。
500m後方につこうとしたが、距離を詰めるために増速しながら、艦長室にいるはずの艦長へ電話をした。
「はい、艦長!」
「かっ艦長、見つけました。めっ目の前、ここに居ます」艦長は、返事する時間も惜しかったのか、黙って受話器を置き、艦橋に駆け上がって来ようとしている。
(見つけたのはいいけど、どうすんだ???)
「まっ、いいっか」とか「見張り員の感性に任せるしかありません」なんて、適当なことを言っていたのは、そもそも、見つけるなんて思ってもいなかったからだ。見つけたらどうするなんて、まったく考えてもいない。
(艦長は、まもなく艦橋に上がってくる。いつものテンションであの“せりふ”を俺にぶつけるに決まってる)

「ど〜すんだ、航海長!?」

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