元海上自衛官 伊藤祐靖

人生で4番目 5

 背泳ぎのような体勢でおでこ越しに灯台の明かりを見つめながら、顔面だけを水面に出して島への近接を開始した。距離は、300m程度だろう。これで、灯台と私の間に人が入ればすぐに判る。要するに私が上陸しようとしている地点に人が近づけば、そいつは灯台というバックライト背負うことになり、シルエットが浮き彫りになる。同じように、私も漁船の灯火というバックライトを背負ってしまえば、魚釣島に残ったかもしれない数名の香港活動家に、自分のシルエットを晒すことになる。だから、強弱を頻繁に変えながら私を東へ流していく潮流に合わせて針路を変更したが、自分の脚の方向に漁船を入れてしまわないようにしていた。

 潮騒の音が身近に迫ってきたので、水深を確認しようと、うつ伏せになると海底付近で遊ぶ夜光虫までの距離は1mを切っていた。いよいよ岩盤への軟着陸の時が迫ってきた。遠近感を確実にするために両目を使い...たいところであったが、灯台の強い明かりで夜目を壊されてしまうので、片目は閉じているしかなかった。
 普通のサーフィンは波が砕ける頂点より陸岸寄りにいるようにして、強い推進力を得ようとするが、私がしたいのは、ギザギザ岩盤への軟着陸である。サーフィンのやり方では叩きつけられてしまう。波が砕ける頂点よりやや後方に位置し、岩盤に波が叩きつけた直後に柔らかく着地するようにしなければならない。それは、海上自衛隊を退職して移り住んだミンダナオ島で海洋民族と何百回と経験していることであり、今さら難しいことではなかった。夜であろうと、片目であろうと波の頂点の後ろに乗るタイミングを外すわけはなかった。

 ギザギザ岩盤への軟着陸に成功した私は、波に洗われない位置まで前進し、約1分岩盤の上に仰向けになって視覚、聴覚、嗅覚、触覚、額での温度感知をフル活用し、30m圏内に体温を持つ生き物の気配がないかを探った。次にうつ伏せになり、温存していた右目を頼りに100m圏内に生物が居ないことを確認した。光の反射をなくすためにネットコーティングしてある腕時計を見ると午前4時20分だった。息を潜めて私を見つめる生物が存在しないことを確信し、海へ待避する可能性が無くなった私は、やっとフィンを足から外した。フィンを背中のバックパックに取り付けていると、不意に虫の音が聞こえてきた。人間どもは、「俺のもんだ、彼のもんだ」とこの島の領有権を巡り争っている。一方、大自然は、そんなことには一切関知せず、いつも通り亜熱帯のこの島にも、秋の気配を送り込んできていた。呑気に感傷に浸っている暇などない私は、周囲を伺いながら80メートルほど先の灯台にゆっくりと、しかし、急いで近づいていった。

 灯台に到着し、防水パックから、一番小さい国旗を取り出し、白い支柱にくくり付けると、私は真っ黒な島の山頂を見上げながら計算していた。今から斜面を登り、稜線に出るまで2時間。旗を設置する作業に1時間。そして再びここへ戻ってくるのに1時間。途中で活動家達と交戦したり、彼らを迂回したり待避したりする可能性を考えると、時間的猶予はまったく無かった。

 私は、目を軽く閉じて深呼吸を2回してから、漆黒のジャングルへと足を踏み入れていった。

つづく(まだまだ)


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