元海上自衛官 伊藤祐靖

人生で4番目10

 旗を吊り下げる細工をロープにし始めた。その間じゅう、ひっきりなしに2機のジェット機は私の近くを通過した。その度に作業を中止して隠れなければならない。

 「ブーン」
 どこか呑気なプロペラの音がしてきた。海上自衛隊の哨戒機P3Cだ。塔載しているセンサーについて、私は海上自衛官だったくせに不勉強で詳しくない。いくらなんでも軍用機だ、IRセンサー(赤外線探知装置)くらいは、持っているだろう。そこまでの能力はまずないだろうが、体温を感知する能力があるかもしれない。一応、プロペラの音が去るまでの5分程度、枯れ葉の下に潜っていた。

 プロペラ音が聞こえなくなってから、国旗の設置作業を開始した。国旗の上端隅にそれぞれ20mのロープを付け、下端隅にそれぞれ2mのロープを付け、その先端に重りになる石を縛り付けた。
上端のロープを崖っぷちの木に縛りつけ、いよいよ、重りの石を崖下に垂...らす。いい場所を見つけたとはいえ、いきなり垂直に落ちる崖ではなく、約70度の斜面が3m程度あり、そこから一気に切れ落ちている。
 バタバタバタ。
 ヘリの音が近づいてきた。私を見つけ、ホバーリングして、人が降りてこられたら面倒だ。石を引き上げて、国旗を崖からジャングルの中に引き引きずり込もうとした。白地に赤い日の丸は、とにかく目立つ。国旗を回収しながらヘリの近づいてくる音を聞いているとどう考えても間に合わない。仕方ないので、全身をその70度の急斜面にさらし、その下に国旗をたくし集めて、抱き締めた。
「俺は、黒いカモフラージュをしている。どうせ警察か報道のヘリだ。動かなければ岩の窪みと区別がつくはずがない。見つかるわけがない」。そう自分に言い聞かせながら伏せていた。しかし、私の真上でホバーリングをしている。ヘリは、動かない。私は、たまらない不安を感じた。「既に私は発見されていて、ラペリング降下するためにロープを準備しているんじゃないのか?」しかし、ヘリの中のインターコムでの会話が聞こえているような気にもなっていた。「あれは、人じゃないですか?」「こんなところに人がいるわけないだろ」「いや〜、人に見えませんか、人でしょ」ジッと伏せていると、ふと土の匂いがした。ダウンウオッシュで巻き上げられる砂が口の中でジャリジャリした。
「この匂いと味が魚釣島そのものなんだ」
今が、勝負どころだ。少しでも動けば、すべてがパーになる。2、3分経っただろう。ヘリの音が変わった。救急車が目の前を通過したように低い音になった。遠ざかり始めたのだ。そっと音源の方向を見ると沖縄県警のヘリだった。作業を再開した。

つづく(まだまだ)


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