元海上自衛官 伊藤祐靖

人生で4番目12

 重り同士が絡まないように注意深く崖下に垂らそうと綺麗に畳んでいたのに、ヘリのおかげでぐちゃぐちゃになった。崖っぷちで、まさに崖の淵で、畳み直せばいいだけの話だったが疲労困憊している時というのは、とかく人を怠惰にさせ、たった一つの小さな手抜きが命取りになるものだ。これは、敵も同様で肉体的にも精神的にも疲労状態に追い込んでおけば、必ず思いもよらぬ手抜きをしてくれて、一発逆転ができる。この時の私はまさにこれだった。ぐちゃぐちゃになった国旗を畳み直し始めると、実は1分もあれば終わってしまう作業なのに途方もない時間が必要な気分になり、たまらなく面倒に思えてきた。こんな絶海の孤島までやってきて、こんな崖を登っておいて、面倒って何だ? ここへくる方が何万倍も面倒だろ? 自分でも、今考えれば、旗を畳むというたった1分の動作が、何故あんなにも面倒に思えたのかまったく理解できない。しかし...、疲労というものは、そういうもので、更にそういう時には、安易に流れようとする自分を勇気づける妙案、自己正当化の屁理屈がコンコンと湧き出てくるものである。そんなこと、何千回と繰り返し失敗の山を築いてきた私だったがまたもや、同じ過ちを犯した。

 「漁師が投げる投網のようにすれば重り同士が絡むようなことはないじゃないか。畳む必要なんか無い!」即断した私は、国旗とロープを投網の要領で300m切り立った崖下に投げた。国旗は投網のように広がることなく、丸い固まりのまま落下していき、崖下に消えた。何千回と繰り返してきた失敗の山の上にかなり大きな失敗の塊を築いてしまった。「やっぱりな・・・、そりゃそうだ。当たり前の話だ」後悔する体力も残ってない私は、身じろぎもせず30秒位、自分の手を見つめながら放心していた。「俺は、絶海の孤島にいるんだ。さっさと旗の絡みをとって戻らないと、漁船が帰っちまう。21世紀のロビンソークルーソになる。」

 這いつくばって、苦心さんたん5分位絡みをとるのに格闘していた。ようやく、絡みがとれた気がしているものの、国旗が、ちゃんと張れたのかを確認できない。下から見たらよれて絡まっていたというんじゃ、せっかくの苦労も水泡に帰す。転落するぎりぎりの場所まで行って覗き込んだが見えない。残っているロープは、パラシュートコードという直径3mm程度のものだけだ。もう一度、国旗の状態を確認するべきなのかを迷っていた。

 運というものには流れがある。今ここにいるのには、いくつかの好運が重なっている。流れは、こっちにある。しかし、その流れというものは、突然終了してしまう。今がその終了の時なのかもしれない。あと1回でいいから、好運が続いて欲しい……。
「1回だけ行こう。あと1回、幸運は続く」自分に言い聞かせながら、パラシュートコードをダブルチェーンノットで編み始めた。

つづく(まだまだ)


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