元海上自衛官 伊藤祐靖

人生で4番目14

 最後の2mは、波の寄せるタイミングを見ながら、海に滑り込んだ。1分くらいは、呼吸もせず、うつ伏せになってただ海水に身を任せて漂っていた。そうこうするうちに体温も下がって、ようやく動く気になってきた。静かに深く呼吸をしてからフィンを装着し、水路の出口まで行った。巡視船の方向を見ると、いつの間にか降ろされていたらしいゴムボートがこちらに向かって来ている。距離200m。あいつは、この水路に入ってくるに違いない。L字の水路の屈曲部、突き当たりでボートから降りるだろう。ということは、屈曲部を曲がって奥に行き、岩の間に潜んでいりゃ、わかりっこない。奥まで泳いでいくと、いい具合に岩の隙間に身体が入った。口と鼻だけが僅かに水面に出る。これなら、よっぽど運が悪くない限り見つかりっこない。潮も今は、下げの初期だから、水位が上がってきて溺死することもない。揺りかごみたいな心地よさに、寝そうになった。5分経った。ゴムボードは来ない。10分経った。まだ来ない。岩の隙間から身を出しながら、「痺れを切らす時って最悪のタイミングで身を晒すことが多いよな〜」と思っていた。ボートは、いない。……な〜んだ。拍子抜けして、また出口に行き、第一桜丸の方を確認した。波が砕ける部分は水面にいると面倒なので水中を行こうと潜水を始めた。潜水の直前、第一桜丸を遠目に見ながらポンピングという肺の中に過剰に空気を詰め込む呼吸をしていた時の残像が頭の中で映画のように見えていた。その残像の中で第一桜丸の上に黄色のライフジャケットを着ている者が見えた。「海上保安官?」潜水を止めて浮上した。第一桜丸を見ると。間違いない。船上にいるのは、黄色のライフジャケットを着た海上保安官だった。

 や〜めた。夜なら同じ船にいたって、わかんないように乗船できる可能性はあるが、昼間じゃ、どうやったって無理だ。そうか、水路に来ないと思ったら、ゴムボートは、第一桜丸に向かってたのか……。な〜んだ、吐くまで本気の匍匐をした上に、水路行ったり来たり、……さっきまでの俺は何だったんだ。でも、考えてみれば当たり前の話だった。上陸した者は必ず船に帰ってくる。待ち受けて拘束する方が効率がいい。

 がっくり。観念した私は、重い足を引きずりながら、9人の上陸者の前に姿を現した。上陸メンバーの中で紅一点、やや高揚した様子の浅野久美さんに言われた。
「いや〜珍しいものを見させて貰いました。本物の匍匐前進!」
そりゃ、珍しいよな。弾も飛んで来ないのに、自主的にここまでするバカは、なかなかいない。しかも、無意味。

つづく


>> 人生で4番目13に戻る  >> 人生で4番目 15へ