元海上自衛官 伊藤祐靖

スッキリだけはできるだろう

 日体大卒業まで4カ月となっていた私は、茨城県の某高校の体育教員への就職が決まっていた。高校の体育教員になるということは、私が日体大に入学した目的であり目指していたことであった。高校時代の私は競技者としては、そこそこであったが、勉学、素行共に問題しかない学生であり教科書すら買ったことはなく、選手としての下駄をはかせないととても進級なんかできるわけがなかった。事実、走るのが遅ければ大学などという話が来るわけがなく、教科書すら持っていないような私が進学できるということは、大学は競技者として私を採用したのであって、そのレールが敷かれてるんだと誰もが思っていた。普通の学生ではないことは重々理解していたが、「これを最大限に活用して教師という職に就いてしまえば、まっとうな人生を歩んできた人達の中に入り込んでしまうことができる。そしてこれがまともな人間になる、たった一つのチャンスだ」と考えていた。それと同時に、自分と同じような反社会的な少年でもなんかしらに没頭することにより、社会ルールを守る必要性を理解できるようになれると思っており、自分は体を動かす分野においてその手助けをするべきなんだとも考えていた。
反社会的な少年といっても、心にあることは、それこそ千差万別で一概には言えない。しかし、何かをふっ切るためには、努力することによってのみ結果を得られるにも関わらず、努力したこと自体はまったく評価されない、一見理不尽ともいうべき結果だけがすべての世界にどっぷりと浸かって、もがくことが必要だと思っていた。それは、たとえば陸上競技のタイムのように、絶対評価が下される結果のために努力をし続けることのみが、自分を満足させ、自信を与え、他人に優しくできるように自分を変えてくれると感じていたからである。他人に評価を託し、許してもらおう、認めてもらおう、褒めてもらおうとするのではなく、許さざるを得ない、認めざるを得ない、褒めざるを得ないところまで、他人に評価を強要できる自分になるために眼に見えぬ努力をするべきなんだと思っていた。
ところが、いざ高校の体育教員になることが現実になってくると、「一生、年下の高校生にどうのこうの言って終わるのか?」と思い始めた。何かが違う、スッキリしない。その意義についても納得しているはずなのに、何となく興奮しない、一生不完全燃焼で終わるのかもしれないという耐えがたい感覚にも結びついていった。
まともな人間になれるたった一つのチャンスを十分に生かし、ようやく教員という座席を確保できる土壇場に来て、投げ出してしまいそうになっているのだから、皮肉な話である。
そんな時、変わり者の母方のばあさんが、「昔は、あなたのように体だけが丈夫な子は、悪かろうが何だろうが、予科練に行って、ちゃんと国に御奉公できたんだ。今は、予科練って言うと、立派なところだと思ってる人が多いけど、『よたれん』って言われて元不良の巣みたいなもんだった」と言っていたのを思い出した。「そうだ、軍隊へ行こう!」。「奉公だか何だか知らないけど、スッキリだけは絶対に出来るだろう」とグランドしか知らない世間知らずの私は、幼稚な発想で頭が一杯になり、次の日には自衛隊募集事務所にいた。

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