影本賢治
「どれだけ待てばヘリコプターは、あの轟くような音を立てて、あの鉄条網の中に降り立つのでしょうか。」—戯曲「よそのくに」(野村 勇)
「ヘリコプター」という言葉の語源をたどると、「ヘリコ(らせん)」という言葉と「プター(翼)」という言葉を合わせたものだそうです。というわけで、日本語ではよく「ヘリコプター」を「ヘリ」と略して呼びますが、語源からするとそこで切るのはおかしくて、「ヘリコ」で切るべきらしいです(そんな呼び方をする人に会ったことはありませんが...)。
今回は、陸海空のそれぞれの自衛隊に装備されているヘリコプターをできるだけ簡単に紹介してみたいと思います。ただし、ヘリコプターの性能は温度や高度などの環境や、搭載重量などの条件によって大きく異なります。また、ヘリコプターの価格は機体装備品や初度部品の価格をどこまで含めるかどうかによって大きく変動します。説明の中の諸元や価格は大まかな目安であることをご承知おきください。なお、設計変更が行われている機種については、最新のものについて説明します。
陸上自衛隊
一般の方と話していると、「えっ、陸上自衛隊にもヘリコプターがあるんですか?」と驚かれることがあります。実は、陸海空自衛隊の中で最も多くのヘリコプターを装備しているのは陸上自衛隊です。
陸上自衛隊が主に装備しているのは、「多用途ヘリコプター」と「輸送ヘリコプター」です。それ以外にも偵察ヘリコプター(OH-1)や対戦車ヘリコプター(AH-1)、戦闘ヘリコプター(AH-64)もあり、現時点では重要な役割を担っています。ただし、そのいずれもが将来的には無人機によって置き換えられ、用途廃止されることが決まっていますので、ここでは説明を省くことにします。
多用途ヘリコプター
多用途ヘリコプターとは、文字どおり、さまざまな用途に使えるヘリコプターのことです。具体的には 、人員や物資の輸送部隊の移動、偵察警戒、戦闘行動、人命救助などに使われます。
UH-1J
UH-1Jは、現在、最も多くの機数が装備されている機体です。 ベトナム戦争でアメリカ軍が使用していたUH-1ヒューイを発展させた機体であり、日本ではSUBARUがライセンス生産していました。構造がシンプルで信頼性が高いことが特徴です。
キャビン内には最大で11名の兵員を搭乗させることができます。ただし、航続距離は500km程度であまり遠くまで飛ぶことはできず、最大積載量も 1 t程度しかありません。このため、後継機であるUH-2への入れ替えが進められています。

UH-2
UH-2は、UH-1の後継機としてSUBARUが開発・製造し、配備が進められている機体です。UH-1と同じ機体がベースになっていますが、エンジンが双発になり、ローターが4枚ブレードになるなど、大きく変更されています。機体の価格は、UH-1と同等の12億円程度を目指すことになっています。
搭乗できる人員数はUH-1と変わらず11名ですが、エンジンのパワーが強く、最大積載量は1.5 t程度まで増加しています。燃料タンクの容量も増加しており、民間型の機体に関する情報によれば、700km程度を飛行できると考えられます。テール・ローターの効果を向上させるため、垂直尾翼の形状が変更されていることも特徴のひとつです。さまざまな新しい技術を、長い歴史を持つ信頼性のある機体に取り込んだ魅力的な機体となっています。

UH-60JA
UH-60JAは、ベトナム戦争後の1970年代にアメリカで開発されたUH-60ブラックホークから発展した双発ヘリコプターで、三菱重工業によってライセンス生産されています。UH-1に比べて、よりパワフルかつ堅牢な機体となっています。機体の価格は、約37億円といわれています。
UH-2よりも強力なエンジンを2基搭載しており、最大積載量は 3 t程度になります。増槽タンクの容量が大きいので航続距離も長く、1,000km程度を飛行できます。機体の外に増槽タンクを取り付けられるので、長距離飛行時にも搭乗員数を減らす必要がないのが魅力です。キャビンには 12名分の兵員座席があります。

輸送ヘリコプター
輸送ヘリコプターとは、大量の物資や人員を輸送するためのヘリコプターです。部隊を展開させたり、補給品を輸送したり、患者を後送するために用いられます。
CH-47JA
CH-47JAは、1960年代にアメリカで開発されてベトナム戦争でも運用されたCH-47チヌークを原型とする、前後に2つの同じ大きさのローターを装備するタンデムローター機です。日本では川崎重工業がライセンス生産しています。テール・ローターやそれを支えるテール・ブームが不要なので、キャビンの大きさの割には機体全体の大きさが小さいのが特徴です。機体価格は、55億円程度といわれています。
キャビンには最大55名の人員(中央座席を取り外した状態では最大37名)やパジェロや高機動車のような車両さえも搭載することができます。最大積載量は 9 t程度です。テール・ローターを回さなくて良いので効率が良く、比較的高速で飛行できますし、航続距離も1,000km程度と長くなっています。

V-22
V-22は、1980年代にアメリカで開発され、2000年代にアメリカ海兵隊および空軍に配備が始まった垂直離着陸機です。日本の機体は、アメリカからFMS(有償軍事援助)で調達されており、オスプレイというアメリカ軍が付けた名前で呼ばれることが多いです。ローターを垂直方向から水平まで傾けることで、ヘリコプターのように垂直に離着陸することができ、固定翼機のように高速で飛行することもできる、ティルトローターという方式の機体です。機体の価格は、100億円程度であるといわれています。
一般的なヘリコプターと比べて、約2倍の速度で約2倍の距離を飛べるのが大きな特徴です。最高速度は520km/h、航続距離は1,400 km程度です。空中給油機能を有しているので、飛行中に給油を受ければさらに遠くまで飛行できます。キャビンには24名の兵員が搭乗できます。最大積載量は5 t程度で軽自動車程度が積めます。

EC-225LP
EC-225LPは、国賓、内閣総理大臣等の輸送に使用される特別輸送ヘリコプターです。フランスのエアバス・ヘリコプターズによって製造された民間用ヘリコプターを改修したもので、機体の価格は20億円程度です。
VIP用の座席配置になっているため、通常の機体よりも座席数は少ないですが、それでも20名の乗客が搭乗できます。最大積載量は3 t程度で、航続距離は850 km程度です。高性能な自動操縦装置を装備しており、振動も少ないという特徴もあります。

航空自衛隊
航空自衛隊が装備しているのは、「救難ヘリコプター」と「輸送ヘリコプター」です。いずれも陸上自衛隊と同じ機種を装備していますが、使用目的が違いますので、搭載されている装備などが異なっています。
救難ヘリコプター
救難ヘリコプターとは、山岳、海上、離島など、様々な場所で事故に遭った航空機の搭乗員を捜索し、救助するためのヘリコプターです。
UH-60J
UH-60Jは、陸上自衛隊のUH-60JAと同じく、アメリカ軍のUH-60ブラック・ホークをベースに開発された機体で、三菱重工業が製造しています。ただし、新型の搭載電子機器が搭載されるなど、陸上自衛隊機よりも高い能力を持った機体となっています。機体の価格は、40億円程度といわれています。
陸上自衛隊機と同じように1,000km程度を飛行できますが、空中給油装置が装備されており、空中給油機の支援を受ければ、より長距離を飛行することができます。最大積載量も陸上自衛隊機と同じで 3 t程度だと考えられます。また、2つの救助用ホイストを組み合わせて搭載しており、一方が故障しても人員救助任務を遂行できるようになっています。

輸送ヘリコプター
航空自衛隊の輸送ヘリコプターも、陸上自衛隊の輸送ヘリコプターと同じく大量の人員や貨物を輸送するためのものです。ただし、戦場に配備された部隊ではなく、航空自衛隊の基地間や滑走路のない離島やへき地にあるレーダーサイトや通信基地などへの輸送に使われます。
CH-47J
陸上自衛隊のCH-47JAとほぼ同じ機体です。外観から分かる違いは、迷彩色がやや薄い色合いになっていることと、キャビンドアの上部にホイスト装置が付いていることです。機体の価格は、陸上自衛隊機と同じ55億円程度といわれています。
飛行性能は陸上自衛隊機と変わりません。最大搭載人員数は55名、最大積載量は 9 t程度、航続距離は1,000km程度です。機能上の違いのひとつは、貨物の積み下ろしが容易になるように後脚に姿勢制御装置が追加されていることです。

海上自衛隊
海上自衛隊が装備しているのは、「哨戒ヘリコプター」と「掃海・輸送ヘリコプター」です。いずれも陸上自衛隊や航空自衛隊のヘリコプターとは大きく運用が異なるので、独自のヘリコプターを装備しています。以前は、「救難ヘリコプター」も装備していましたが、現在は哨戒ヘリコプターの一部を救難仕様とすることで対応しています。
哨戒ヘリコプター
哨戒ヘリコプターは、敵の潜水艦を探知・攻撃する対潜哨戒を行うヘリコプターです。探知にはソナーと呼ばれる機体から吊り下げられた探知機が使われ、攻撃には魚雷が用いられます。敵の水上艦船を捜索し、攻撃することもできます。
SH-60L
SH-60Lは、アメリカ海軍のSH-60シー・ホークから発展した機体であり、陸上自衛隊や海上自衛隊のUH-60と同じく三菱重工業がライセンス生産しています。UH-60と形は似ていますが、狭い艦上での運用に適するように後輪の位置が機体中央側に移されるなどのさまざまな違いがあり、部品の共通性もほとんどなく、全く別の機体といってよいでしょう。機体の価格は、50億円程度といわれています。
UH-60とは異なり、機外に増槽タンクは装備できないので航続距離は800km程度です。また、メインローター・ブレードの先端の形状が複雑なものに変更され、速度性能などが高められています。トランスミッションの性能も向上され、より高温な環境でも任務が遂行できるようになっています。最大積載量は 2 t程度ではないかと考えられます。

掃海・輸送ヘリコプター
掃海ヘリコプターとは、海中に敷設された機雷を探知し、処理するためのヘリコプターです。機体の探知には、レーダーやソナーが用いられます。機雷の処理は、掃海具を曳航して爆破させることで行いますが、それができない場合には、水中処分員をホイストで降下させて処理を行います。掃海具を搭載しない場合は、輸送ヘリコプターとして利用できます。
MCH-101
MCH-101は、イギリスとイタリアが共同開発した AW101という汎用ヘリコプターであり、日本では川崎重工業がライセンス生産しています。価格は約70億円と言われています。
高出力なエンジンを3基搭載しており、重量のある掃海具の曳航に適した機体です。掃海具を搭載しなければ、人員や物資の輸送も行えます。原型機のAW101は、30名程度が搭乗でき、最大積載量は 5 t程度、航続距離は900km程度といわれています。
ちなみに、AW101はVH-71としてアメリカの次期大統領専用機(マリーン・ワン)に選定されたこともありますが、その後に計画がキャンセルになり、現在は別の機種が導入されています。

北朝鮮の拉致被害者を自衛隊を使って
救出する場合、滑走路のない場所でも離着陸ができるヘリコプターを使わなければ任務を遂行できないケースも十分に考えられます。その際に使われる機種の最有力候補は陸上自衛隊のV-22でしょう。長距離を高速で飛行できるV-22は、日本から北朝鮮まで直接飛行して任務を遂行しようとした場合に最も有力な選択肢です。
ただし、1980年にテヘランのアメリカ大使館で人質となったアメリカ人を救出しようとした「イーグル・クロー作戦」では、当時のソ連の諜報活動の目をごまかすため、輸送ヘリコプターではなく掃海ヘリコプターであるRH-53が使用されました。実行される作戦計画によっては、V-22以外のヘリコプターが使われる可能性も十分に考えられるでしょう。
影本 賢治:昭和37年北海道旭川市生まれの元陸上自衛官。昭和53年に少年工科学校第24期生として入隊し、平成29年に定年退職するまで、主として航空機の補給整備に関する業務に携わっていた。(本人HPより)
ジャスティン・ウィリアムソン (著), Justin W. Williamson (著), 影本 賢治 (翻訳)
イーグル・クロー作戦: 在イラン・アメリカ大使館人質事件の解決を目指した果敢な挑戦
日本にはアメリカと同じことはできません。しかし、だからと言って何もしなくていいわけがありません。この問題を解決に導くためには、日本人ひとりひとりが自分にできることを実行することが何よりも大切だと思います。私にできることは、この本を翻訳することでした。そこには、アメリカ人の自国民の救出に向けた決意と覚悟が書き表されていました。本書が、拉致問題に対する日本人の意識にわずかでも変化をもたらすことを願ってやみません。(訳者あとがきより)
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