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陸上自衛官の武器科職種OB会講演②

更新日:2018年7月20日

荒谷卓


【明治神宮至誠館館長としての活動】

武道場の館長になり、毎年、欧州を中心に武道指導に行きだして分かったことは、グローバル資本主義の方向性は、必ずしも世界的な賛同を受けていないということです。国際武道講習会に参加する多くの国の参加者が、グローバル資本主義に対して強い疑念を持っているのです。


日本では武道人口は減少しておりますが、海外では武道人口が急増しています。これは色々な背景があって一概に言えないのですが、多くの方々が日本武道に関心を示す理由は、その精神性にあります。

例えば、フランスでは、日本より先に青少年の倫理教育に日本武道を取り入れています。革命以来、世俗主義のフランスではありますが、世俗主義であるからこそ、人間の力で自らの精神性を高めていくというところに武道の価値を認め、フランスの青少年の教育に取り入れているのです。


東日本大震災があった平成23年8月、フランスで国際武道講習会を開催しました。その講習会に、フランスの青少年の倫理担当の大臣が訪れ、講習会を見学し食事を一緒にしました。彼は、そこで、東日本大震災の際に、日本人が見せた勇気ある倫理的な行動を絶賛されました。そして、その背景にはきっと武士道精神があるのだろうと言われました。

しかし、現在の日本では、武士道を教えているところは殆ど有りませんし、東日本大震災の被災者の大多数の人々も武士道を修養していたとも思えません。私は、どう答えたら良いのかと思いました。ただ、日本人共通的に、利他的共助の精神があることは間違いないのです。

私が、アメリカに留学した時、南部がハリケーンに襲われました。その地域が無法地帯になり、物の争奪状態で治安が乱れ、海兵隊が出動したことがありました。その様なことを見ていましたので、日本では、どんな大きな災害があっても、略奪や強盗のような事態がおこらないことは、彼らにとって驚くべきことであるというのは、よく理解できます。

東日本大震災で日本人が見せた利他的助け合いの精神は、日本人に身についた精神文化ですから、何処でも助け合いの精神が働きます。これは何処からくるのかをフランスの大臣に説明しました。


自衛官として現役の時は、日本の神道とか武士道精神とかについて、さほど真剣に勉強したことがなかったのですが、明治神宮武道場館長に奉職することになり、神道や武道精神について真面目に勉強するようになりました。


私が館長に就任して、平成21年に欧州に国際至誠館武道連盟:International Shiseikan Budo Association(以下ISBA)という団体が創設されました。初代会長は、元在日ポーランド大使で、その後ポーランド外務大臣、現在はEUのデモクラティック・ファンドの常務理事をしています。

ISBAの設立の主旨には、「武道は日本の伝統文化に根ざしたもので、今日の世界的人類遺産の中でも極めて価値のあるものの一つである。日本武道の力と簡潔な美しさは、人間を惹きつける特有の精神と結びついており、そしてその精神は日本人のエートスとも言える基礎を形成している。それによって、我々は世界の運命を正しく豊かな道へと導くため、民族間の理解と親和を強化するに努めようと思う」と記しております。

この主旨で大事なのが、武道は日本の伝統文化であるのですが、実はそこには世界の民族に共通的に存在するエートスが含まれているのだと言っているところです。武道精神を決して日本固有と捉えていない。人類共通の普遍的精神価値が存在すると言っています。


平成23年には、同じ様な趣旨の組織がロシアに創設されました。ロシアのモスクワを中心に、サンクトペテルブルグからウラジオストックまでに広がる至誠館武道共同体:Commity Shiseikan Budo Dojo(以下CSBD)という組織です。この組織の代表は、こんなことを言っています。

「武士道は私に、人間の原点に戻ることを教えてくれます。心と精神と肉体が調和し、正しい判断のもと誠実に道徳的に行動することや、他人の利益のために自己を犠牲にすることを恐れない日本の武士道は、世界に類を見ない崇高な精神です。」


もともと、明治神宮至誠館では、東大、中大、専大、金沢大及び富山大等大学の合気道部等を指導していたのですが、最近では、モスクワ大、ハイデルベルグ大、シュトュットガルット大にもクラブが出来ました。

これらのクラブでは、「至誠館武道は心身の涵養に資するもので、世界をよりよくし得るものであると確信している。武道の修練が我々の社会、ひいては世界全体に重要な結果をもたらすと考え、その実現のため、また、自己の人生を築き上げていく上でも価値のあるものであると判断する。」と言う設立主旨を掲げています。

これらの組織に加盟する道場やクラブの人々は設立主旨に書いてある通り、武道の技術的関心だけでなく、精神的な関心が高いのです。


何故彼らがこんなことを言い出すのかということを聞いてみますと、現在のグローバル資本主義、自由競争主義が行き過ぎているという認識が背景にあるようです。

例えば、ドイツでは、「自国の民主主義的決定より優先してEUの金融機関の議決が優先されるというシステムはおかしい」と考えており、市場原理より民主主義が優先されるべきだと強く訴えています。

フランスなどでも、選挙戦の最大のポイントは、自由主義か民主主義かという選択です。

つまり、最近の先進諸国の選挙のテーマは、市場原理を秩序とするグローバル資本主義へ移行するか、国民の民主主義を 守るかが大きなテーマになってきています。

1990年代までは、グローバル資本主義に対してはアンチ・グローバル運動しかありませんでした。アンチというのは確立されたポリシーが無い、ただ反対というだけでしたから大きな政治的勢力にならなかったのです。

今は、ポスト・グローバル資本主義という考え方が形成されてきており、明確に次の世界の方向性を出そうという段階まで来ています。

そうした世界的大きな潮流と、武道精神は関連しているわけで、彼らは、我々日本人が考えているよりもっと大きな意味で、日本武道の精神的意義を捉えているのです。(つづく)

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